【連載】蹴球百景vol.4「三菱水島FCが起こした“6人の奇跡”」

2016年10月31日 宇都宮徹壱

無心の境地で全社に臨み…。

三菱水島FCを撮影した一枚。チームの明るい雰囲気が伝わってくる。(Ehime Pref. 2016)

 ご覧いただいている集合写真。このリラックスした表情はどうだろう。もちろん、趣味のサッカーの試合ではない。社会人サッカーの頂点を決する全社(全国社会人サッカー選手権大会)の準決勝でのひとコマだ。ひょうきんな表情の彼らは、中国サッカーリーグ所属の三菱水島FCのイレブンである。私がカメラを構えた時、彼らは「おお、やっとプロのカメラマンが撮ってくれる!」と口々に叫び、このようなカットと相成った。
 
 全社という大会は、全国から集まった32チームが5日間連続で試合をこなし、優勝を争うトーナメントである。近年、このアマチュアの大会が注目されるようになったのは、全社の上位チームには「全社枠」として全国地域リーグ決勝大会(今年から全国地域サッカーチャンピオンズリーグ=地域CLに改称)への出場権が与えられるからだ。この地域CLで2位以内になれば、アマチュア最高峰の舞台であるJFLに昇格できる。
 
 ゆえに全社は、上を目指すクラブの思惑が渦巻く大会となっている。すでに地域CL出場権を得ている(いわゆる「権利持ち」)のチームは、全社を連戦のシミュレーションの場と捉えると同時に、対戦相手のスカウティング分析を怠らない。一方、地域リーグで優勝できなかったチームは、全社枠を獲得するために目前の試合をとにかく勝ち進むしかない(これを「全社懸け」という)。「全社懸け」のチームは、ここで負けた瞬間に昇格の夢を絶たれてシーズンも終了する。そのため大会序盤であっても、ドラマチックな試合は目白押しとなる。
 
 そんな中、三菱水島は、高知ユナイテッドSC(4-3)、アイデンティみらい(2-1)、松江シティ(1-0)を相次いで撃破。準決勝でもジョイフル本田つくばFCに2-0で勝利し、決勝へ進出するとともに全社枠を獲得したのである。「(今大会は)言ってみれば力試しみたいな感じでしたので、まさかここまで勝ち上がれるとは思っていませんでした」と語るのは、チームを率いる菅慎監督。要するに彼らは、ノープレッシャーだったわけである。
 
 三菱水島といえば、05年から09年まではJFLに所属し、08年には岡山(現在はJ2)とダービーを戦ったこともある。だが親会社の経営悪化により、09年にJFLから退会。一気にカテゴリーをふたつ落として、翌年は岡山県1部からの再出発となった。11年に7シーズンぶりに中国リーグに復帰。しかし関係者にとって、JFL復帰は夢のまた夢だと思われていた。今年も三菱自動車の不祥事(燃費データの改ざん問題)を受けて、天皇杯予選の参加を見送っている。だからこそ、彼らは「力試し」の場として、今回の全社には無心の境地で挑んだ。
 
 三菱水島の練習は平日の夜に行なわれているが、全員が働いていることもあり、菅監督によれば「いつもはだいたい6人くらい」しか集まらないそうだ。仕事の都合で今大会に参加できなかった選手もおり、逆に夜勤明けでチームに合流した選手もいたという。優勝という予想外の結果に、クラブのフロントは戸惑いを隠せない様子だが、選手はまさに意気軒昂。鈴鹿アンリミテッドFCとの決勝も、PK戦の末に勝利して見事に初優勝を果たした。無欲かつ無為自然な三菱水島が、地域CLでも旋風を巻き起こす可能性は十分にあり得る話だ。

宇都宮徹壱/うつのみや・てついち 1966年、東京都生まれ。97年より国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。近著に『フットボール百景』(東邦出版)。自称、マスコット評論家。公式ウェブマガジン『宇都宮徹壱ウェブマガジン』。http://www.targma.jp/tetsumaga/
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