【連載】蹴球百景vol.1「『ほほ笑みの国』のフットボールカルチャー」

2016年09月10日 宇都宮徹壱

タイの想像以上の変化を目の当たりに。

発煙筒を焚き、タイ代表を応援するサポーター。チャントやコールも洗礼されていた。写真:宇都宮徹壱(Bangkok, Thailand 2016)

 2008年4月から15年9月にかけて、サッカーダイジェスト本誌にて連載された『蹴球百景』。このたび1年間の沈黙を破り、ウェブ版として再スタートすることになった。これから月に2回、国内外のさまざまなフットボールのある風景を紹介しながら、硬軟取り混ぜた文体で綴ってゆくことにしたい。
 
 復活第1回(通算174回)となる今回は、日本代表がワールドカップ・アジア最終予選を戦ったタイについてフォーカスすることにしたい。幸い、日本はバンコクから勝ち点3を持ち帰ることに成功したが、6年ぶりに訪れたかの国は、想像した以上にフットボールカルチャーが変化していた。
 
 まず驚かされたのが、現地での代表人気。前日練習の際には、チームバスの周囲は黒山の人だかりができていた。サインをねだる者、スマートフォンで撮影する者、そして選手とのハイタッチに絶叫する者。よく見ると、そのほとんどが若い女性だ。タイの女性がサッカー選手に熱狂するというのは、6年前に国内リーグを取材した際には、ほとんどお目にかからなかった光景である。
 
 もうひとつ驚かされたのが、試合当日の光景。何と、発煙筒を派手に焚いている集団がいるではないか。夢中になってシャッターを切っていると、仲間のひとりが「撮ってくれるな」とばかりにバッテン印を作って見せた。一応「よろしくないことをやっている」という自覚があるらしい。タイの国民性は大人しい、と何となく思っていたのだが、その固定観念を見事に裏切る光景がそこには広がっていた。
 
 試合会場でも、タイの応援スタイルが劇的に進化していることを強く実感した。サポーター全員で唱和されるチャントと手拍子、バックスタンドを埋め尽くすほどのスケール感あふれるビッグフラッグ、そして両ゴール裏で交わされるコールの応酬。そのいずれもが、かつてないくらい洗練されたものであった。ちなみにチャントのバリエーションの中には、明らかに名古屋のメロディーラインを模したものもあり、思わずニヤリとしてしまった(おそらく動画サイトを参考にしたのだろう)。
 
 ここ数年のタイ・サッカー界の変化について、チョンブリFCのインターナショナル・マーケティング・マネージャーを務める小倉敦生さんは「タイ・プレミアリーグが盛り上がって、それが代表人気にも好影響をもたらしていますね。かつての日本を見ているような気分です」と語っている。なるほど確かに。タイのサポーターの成長ぶりとはしゃぎようは、Jリーグが開幕し、代表が初めてのワールドカップ出場を目指していた93年の日本の状況に、かなり近いものを感じてしまう。
 
 ASEAN諸国の優等生であるタイは、近年はサッカー界も経済成長に歩調を合わせるかのように発展を遂げてきた。A代表ではまだまだ実力差に開きがあるが、中学生年代の国際大会になると日本のチームが敗れることも珍しくないそうだ。タイのサポーターの初々しさに目を細める一方で、うかうかしていられなくなった日本の立場を痛感させられた、今回のバンコク取材であった。
 
宇都宮徹壱/うつのみや・てついち 1966年、東京都生まれ。97年より国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。近著に『フットボール百景』(東邦出版)。自称、マスコット評論家。公式ウェブマガジン『宇都宮徹壱ウェブマガジン』。http://www.targma.jp/tetsumaga/
 
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