この5年の何もかもが財産に
新シーズンから川崎のデベロップメントコーチに就任。本格的に“現場復帰”する。(C)SOCCER DIGEST
中村憲剛によるサッカーダイジェストのコラム「蹴球賢語」。新シーズンから川崎のデベロップメントコーチとしていよいよ本格的にトップチームのスタッフに加わるにあたり、このコラムはひとまず最終回に。そこで、今回は特別版として今の胸の内を語ってもらった(後編/全2回)。
――◆――◆――
引退からの5年は、現役時には目にできなかった外の世界を見る・知ることができ、僕にとって大きなプラスの時間になりました。それこそ18年プロとしてサッカー一色の生活を続け、皆さんのような社会勉強をなかなか積んでこられなかったからこそ、特に1年目はどんな仕事でも引き受け、知らない世界を見ることを意識していました。全てが新鮮でした。
言うなれば、サッカーに興味がない方や不特定多数の方に向けて、どうすれば分かりやすくサッカーの魅力を伝えられるか悩む時もありましたし、これまでは井の中の蛙だったという面もあったのだと思うことも多々ありました。
メディアの成り立ちや、作り手の方々の熱量を感じられたことも大きかったです。ちょうど、引退後の2021年、2022年はワールドカップ予選や本大会も行なわれたため、そこでも多くのメディアの方と接することができ、現役時代に自分が見えていなかった世界が広がっていることに気付かされました。振り返るとですが、ワールドカップ・カタール大会の最終予選の初戦、吹田でのオマーン戦に敗れたあとの配信スタジオの空気はあまりにも衝撃的すぎて今でも忘れられません(苦笑)。
でも当時僕らが予選で負けた時もこういうことだったのかなとも感じました。だから、試合後に選手に関わる人たちがどんな気持ちで接し、どんな想いを持って働いているのかを知ることができたのも、とても大きかったです。これまではミックスゾーンやインタビューなどでしか関われなかった方々と長く時間をともにし、目線を合わせて同じ物を本気で作ることができたのは本当に楽しかったですし、嬉しかったです。その分、自分の言動に対する責任感は大きくなりました。
カタール・ワールドカップ出場を決めたオーストラリア戦後に決勝弾を挙げた(三笘)薫や、守田(英正)らに試合後のインタビューをさせてもらったのも良い思い出です。その意味でもフロンターレ以外の活動でも本当に濃い5年間でした。関わっていただいた皆さん、改めてこの場を借りて感謝を伝えたいです。ありがとうございました。
――◆――◆――
引退からの5年は、現役時には目にできなかった外の世界を見る・知ることができ、僕にとって大きなプラスの時間になりました。それこそ18年プロとしてサッカー一色の生活を続け、皆さんのような社会勉強をなかなか積んでこられなかったからこそ、特に1年目はどんな仕事でも引き受け、知らない世界を見ることを意識していました。全てが新鮮でした。
言うなれば、サッカーに興味がない方や不特定多数の方に向けて、どうすれば分かりやすくサッカーの魅力を伝えられるか悩む時もありましたし、これまでは井の中の蛙だったという面もあったのだと思うことも多々ありました。
メディアの成り立ちや、作り手の方々の熱量を感じられたことも大きかったです。ちょうど、引退後の2021年、2022年はワールドカップ予選や本大会も行なわれたため、そこでも多くのメディアの方と接することができ、現役時代に自分が見えていなかった世界が広がっていることに気付かされました。振り返るとですが、ワールドカップ・カタール大会の最終予選の初戦、吹田でのオマーン戦に敗れたあとの配信スタジオの空気はあまりにも衝撃的すぎて今でも忘れられません(苦笑)。
でも当時僕らが予選で負けた時もこういうことだったのかなとも感じました。だから、試合後に選手に関わる人たちがどんな気持ちで接し、どんな想いを持って働いているのかを知ることができたのも、とても大きかったです。これまではミックスゾーンやインタビューなどでしか関われなかった方々と長く時間をともにし、目線を合わせて同じ物を本気で作ることができたのは本当に楽しかったですし、嬉しかったです。その分、自分の言動に対する責任感は大きくなりました。
カタール・ワールドカップ出場を決めたオーストラリア戦後に決勝弾を挙げた(三笘)薫や、守田(英正)らに試合後のインタビューをさせてもらったのも良い思い出です。その意味でもフロンターレ以外の活動でも本当に濃い5年間でした。関わっていただいた皆さん、改めてこの場を借りて感謝を伝えたいです。ありがとうございました。
そして同時進行でサッカー面でも、お陰様でS級ライセンス(現Proライセンス)を取ることができ、JFAのロールモデルコーチではゴリさん(森山佳郎監督/現・仙台監督)のチームに3年間携わらせてもらい、3日間でしたがA代表の活動にもロールモデルコーチとして加わらせてもらいました。
また、ライセンスの国内研修ではミシャさん(ミハイロ・ペトロヴィッチ監督/現・名古屋監督)がいた札幌、海外研修ではカナダのパシフィックFCにお世話になりました。そして母校の中大にはテクニカルアドバイザーとして2022年から4年間関わらせていただきました。フロンターレとは違う文化・背景のあるクラブや指導者の方たちのやり方を学び、チームの在り方を勉強させてもらいました。
そして手弁当の側面も強かった引退試合を開催でき、コロナ禍で声援を出せないなかで引退した"忘れ物"を皆さんのお陰で取り戻すこともできました。
本当にこの5年の何もかもが僕の財産になっています。
また、ライセンスの国内研修ではミシャさん(ミハイロ・ペトロヴィッチ監督/現・名古屋監督)がいた札幌、海外研修ではカナダのパシフィックFCにお世話になりました。そして母校の中大にはテクニカルアドバイザーとして2022年から4年間関わらせていただきました。フロンターレとは違う文化・背景のあるクラブや指導者の方たちのやり方を学び、チームの在り方を勉強させてもらいました。
そして手弁当の側面も強かった引退試合を開催でき、コロナ禍で声援を出せないなかで引退した"忘れ物"を皆さんのお陰で取り戻すこともできました。
本当にこの5年の何もかもが僕の財産になっています。