なぜバルサとバイエルンを去ったグアルディオラがシティで長期政権を築けているのか。マンチェスターという街で情熱が燃え尽きない理由【現地発】

2025年11月30日 エル・パイス紙

9年の間に多くのアシスタントコーチが入れ替わった

情熱的に指導するスタイルはいまも変わらない。(C)Getty Images

 ブレントフォード戦前の戦術ミーティングを終えた後のことだ。「ミーティングの準備にはどれくらい時間がかかったの?」と外で待っていた友人が尋ねると、選手たちとわずか20分間しか過ごさなかったマンチェスター・シティのジョゼップ・グアルディオラ監督は、「4日間」と答えた。

 グアルディオラはサッカーのために生き、マンチェスターという特に魅力があるとはいえない街を本拠地にするシティのために生きている。精魂尽き果ててバルセロナを去り、バイエルンでの滞在期間は3年で終わったが、マンチェスターに飽きることはない。

 2016年に就任してから9年の間に、多くのアシスタントコーチが入れ替わり、監督とスポーツ・ディレクター(SD)の関係で強力タッグを築いていたチキ・ベギリスタインも昨シーズン限りで退任した。

 彼らはマンチェスターに飽きたのか、グアルディオラに疲れたのか、彼のそばにいることで消耗したのか、あるいは力をつけて独立し、ロンドン(ミケル・アルテタ、エンツォ・マレスカ)やメキシコ(ドメネク・トレント)でより快適に過ごしたいと思ったのか、その理由ははっきりしない。そんな中、ファンマ・リージョのように行ったり来たりする自由人、ロレンソ・ブエナベントゥーラのように、誠実な人柄とフィジカルトレーニングに関する豊富な知識を買われ、常にグアルディオラに寄り添ってきた人物もいる。
 
 グアルディオラはシティで幸せに過ごし、仕事のへの情熱を燃やし続けている。「マンチェスターでは、街があなたを罰することはない」とベギリスタインは、その理由を簡潔に述べる。ラ・リーガはメディアがとにかく議論・噂好きで、監督であっても政治的な立ち回りも必要になってくる。一方、プレミアでは周囲の雑音はエティハドのようなスタジアムのスタンドに集中している。評価は試合とその結果によって決まるため、リバプール戦もブレントフォード戦も同じ熱意と献身を持って臨むことができる。

 グアルディオラは監視されていると感じておらず、誰かに尾行されているような感覚もなく街を歩き、車を運転している。メディアの最大の関心事は、なぜ彼が練習の準備、プレッシングの仕組み、スタメンの人選、試合の視覚化(ビジュアライゼーション)にそれほど多くの時間を費やすのかという点だ。

 2020-21シーズン決勝のチェルシー戦(0-1)のようにチャンピオンズリーグの重要な一発勝負で、考えすぎて失敗してしまうことをイギリスでは「オーバーシンキング」、バルセロナやマドリードでは「グアルディオラ流の策溺れ」と評される。一部のメディアは、過剰な身振り手振りで指示を出す姿を揶揄し、カタルーニャ・ナショナリズムの支持者、ズラタン・イブラヒモビッチが皮肉る際に用いた「哲学的」とのそしりを受けることもある。

 もっともこうしてグアルディオラの個性を吹聴する風潮は、ヨハン・クライフに次ぐ、現代サッカーにおいて最も影響力のある監督としての彼の重要性を軽視するために利用されている。実際、彼ほどクライフイズムを体得した人物はいない。その影響力は非常に大きく、多くの地方のチームがグアルディオラのチームのようにプレーしたいと考えている。
 

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