【EURO 今日は何の日】7月2日「EURO史上最大のドラマ! フランス、劇的に王座強奪(00年)」

2016年07月02日 サッカーダイジェストWeb編集部

フランスの“幸運”を奪ったイタリアは優勝間近に迫ったが…。

土壇場で蘇った決勝のフランス。しかし大会を通して見れば、彼らは欧州王者に最も相応しいチームだった。 (C) REUTERS/AFLO

 史上初となる2か国による共同開催が実現したEURO2000。ベルギー・ブリュッセルで幕を開けた20世紀最後の大会は、7月2日、オランダ・ロッテルダムで最終戦を迎えた。
 
 5万人の観衆で埋められたデ・カイプで対峙したのは、世界王者フランスとイタリア。2年前のフランス・ワールドカップでは、準々決勝で顔を合わせ、PK戦の末に開催国が勝利し、初優勝に向けて大きな勢いを得た。
 
 当時と違っていたのは、選手の顔ぶれ。2年経っているのだから、これは当然だ(それでも大部分は同じだったが)。そしてもうひとつは、ユニホームの色。W杯では、フランスが白、イタリアがファーストユニホームである青を着用していたが、これが逆になった。
 
 EURO2000でのフランスは、準々決勝でスペインを、準決勝でポルトガルを、いずれも白ユニホームを着て撃破した。ゆえに彼らにとって白はラッキーカラーとなっていたが、この決勝ではファーストユニホームに身を纏っていた。
 
 そのせいというわけではないだろうが、試合は序盤からイタリアのペースで進む。フランスの中盤のチェックが甘いなか、フランチェスコ・トッティ、ステーファノ・フィオーレが自由を得、チャンスを生み出していった。
 
 一方、守備ではイタリアらしい堅固さを発揮し、フランスの攻撃の要であるジネディーヌ・ジダンを封じ、ティエリ・アンリの鋭い突破もCBのアレッサンドロ・ネスタ、ファビオ・カンナバーロがこれを防いだ。
 
 後半、フィオーレに代えてアレッサンドロ・デル・ピエロを投入し、勝負をかけたイタリアは、思惑通りに55分、先制点を奪う。ジャンルカ・ペッソットの右からのクロスを、マルコ・デルベッキオが左足のインサイドで押し込んだのだ。
 
 良いところの少ないフランスは、58分にシルバン・ヴィルトールをピッチに送り出し、前線を厚くして同点ゴールを狙うが、幾度かの決定機はGKフランチェスコ・トルドの好守によって阻まれてしまう。
 
 フランスが焦って前がかりになったところで、イタリアは効果的なカウンターを繰り出し、デル・ピエロがあわや追加点という決定機を迎えたりもした。
 
 こうして、イタリアの狙い通りに試合は進み、いよいよアディショナルタイムを迎える。
 
 イタリアは勝利を確信。ベンチは今にもピッチに飛び出さんとしている。そんななか、フランスはGKファビアン・バルテスが放ったFKを、ダビド・トレゼゲが競り勝って落とし、ヴィルトールが拾って、角度のない位置から左足を振り抜いた。
 
 ボールはトルドの指先をかすめてゴール隅に突き刺さる。フランスが、ラストプレーで追い付いたのだ。まさに、奇跡の同点劇だった。
 
 崩れ落ちるイタリア。延長戦突入は想定外であり、すでに体力は限界に達していた。
 
 どちらかに1点が入った時点で試合終了となるゴールデンゴール方式で行なわれた15分ハーフの戦い。息を吹き返したフランスが一方的にイタリアを攻め、あとはゴールを奪うだけ、という状態に持ち込んでいた。
 
 そして103分。左サイドでロベール・ピレスがイタリアの選手を次々にかわしてクロスを入れると、これを中央で待ち受けたフリーのトレゼゲが左足のボレーで合わせ、栄光のシュートをイタリア・ゴールに叩き込んだ。
 
 世界制覇に続き、欧州制覇も達成! 青いユニホームのフランスは初の快挙を果たし、キャプテンのディディエ・デシャンがアンリ・ドロネー・カップを高々と掲げる。一方、イタリアの面々は、ある者はピッチに座り込んだままであり、またある者は手で顔を覆い続けていた。
 
 残酷なコントラストを描いた一戦。この6年後、ドイツW杯の決勝でイタリアはPK戦の末にフランスに雪辱を果たすが、それ以降もこのカードは、人々に「ロッテルダムの夜」を思い起こさせる。
 
 果たしてEURO2016準決勝で、再びこの因縁のカードは実現するだろうか。
 
◎7月2日に行なわれた過去のEUROの試合
◇2000年ベルギー・オランダ大会
決勝
フランス 2(延長)1 イタリア
 
※日付は全て現地時間
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