50歳“鉄人”伊東輝悦の笑顔と涙。最後まで貫いた矜持「今日も心から楽しみたいなと思ってやりました」

2024年11月25日 元川悦子

「ホントにノーストレスでやらせてもらった」

家族から花束をもらい、涙する伊東。写真:元川悦子

 節目の50歳を迎えた2024年シーズン限りでの引退を決断したアスルクラロ沼津の元日本代表MF伊東輝悦。彼の現役ラストマッチとなったのが、11月24日のJ3最終節・松本山雅FC戦だった。

 すでにJ2昇格プレーオフ行きが決まっている山雅の順位確定を懸けた一戦ということで、約2700人の山雅サポーターが集結。それも追い風になり、愛鷹広域公園多目的競技場に駆け付けた観衆は7162人に上った。

 その全てが、96年アトランタ五輪でブラジルを撃破した「マイアミの奇跡」の決勝ゴールを挙げた男の最後の雄姿を脳裏に焼き付けようとしていたはずだ。

 待望の瞬間が訪れたのは、後半アディショナルタイム。98年フランスW杯で共闘した盟友・中山雅史監督から「点を取ってこい」と声をかけられた時点では0-0だったが、直前に安永玲央のゴールが生まれ、ビハインドのなか、キャプテンマークを巻いてボランチの位置に陣取ることになった。

「まさかあそこで、(点が入る)とは思いましたけど、久々に緊張したなと。心地良い緊張でしたね」と本人は改めて喜びを感じつつ、ピッチに立ったという。
 
 プレー時間は4分程度。チャンスらしいチャンスは、右サイドからのロングスローにペナルティエリア内で突っ込んだ場面ぐらいだった。

「プレーも何もないですかね。1つ、セットプレー絡みで俺と染矢の間にボールが転がってきて、『ああ、いけるかな』と思ったけど、めっちゃディフェンスがいたからムリだなと。あれが入ったら、それこそ良い見出しになったと思うけど、そうはいかないですね」と笑ったが、これが伊東のラストプレーとなった。

 タイムアップの瞬間は「ああ、これで終わったな」とサッパリした表情を見せていたが、その後のセレモニーで家族から花束を渡された時には目頭が熱くなり、涙を拭う様子も見受けられた。

「僕、ホントにサッカーしかしてないから。家のことはほぼ100%、妻がやってくれるというか。息子を風呂に入れたこともないし、『サッカーいつまでやるの?』と一度も言われたことがない。ホントにノーストレスでやらせてもらった」と心からの感謝の念がこみ上げてきたのだろう。

 確かに50歳まで現役を続けるのは、本人の努力はもちろんのこと、周囲の支えなくしては難しい。鉄人は自分のことを「丈夫な選手」と評したが、監督やスタッフ、家族など多くの人がいてこその32年間の長いプロキャリアだったに違いない。

【動画】伊東輝悦の引退セレモニー「みなさん、これからもサッカー楽しみましょう!」

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