【CL決勝コラム】シメオネとアトレティコの冒険の“続き”を、誰もが見たがっている

2016年05月30日 豊福晋

会見場にきたシメオネの表情は思ったよりも柔らかかった。

PK戦の前に選手たちに気合いを注入するシメオネ。しかし、2年前と同じく戴冠には手が届かなかった。(C)Getty Images

 深夜のサン・シーロ周辺は、試合終了から数時間がたってもまだざわついていた。
 
 あたりにはパニーノを売るスタンドがずらりと並んでいる。今日の売り上げを数えるのが楽しみで仕方ないという顔のパニーノ屋の親父が、せっせと後片付けをしていた。
 
 その前の地面に、涙で頬を濡らしたアトレティコ・マドリーのサポーターが肩を落として座っている。呆然とした彼らを包むのは、ライバルの歓喜の歌声だ。
 
 そんな一角に建てられた仮設会見場の中で、もうひとつの物語がはじまろうとしていた。
 
 ディエゴ・シメオネが会見場にやってきたのは、日付が変わるころ。表情は想像していたよりも柔らかい。隣にいたふたりの広報の方が、ずっと険しい顔をしていた。
 
 シメオネの言葉は世間を驚かせた。
 
「今後どうするのか、じっくり考えたい。言えるのはそれだけだ」
 
 アトレティコを去ることを検討しているとも捉えられる、いや、この敗戦の後ではそうとしか考えられない言葉だった。
 
 番記者たちは発言について何度も聞き返した。決勝の試合内容なんてもうどうでもいい、そんな雰囲気だった。
 
「ぜひイタリアへ」
 
 無垢なイタリア人記者からはそんな質問(勧誘だ)も飛び出した。シメオネは自らの進退を問うそれらの質問に、同じ言葉を繰り返すだけだった。
 
「これから考える」と。
 
 5月28日、アトレティコはチャンピオンズ・リーグ決勝で敗れた。
 
 2014年に続き、最も負けたくない相手レアル・マドリーに。
 
 敗戦直後のシメオネの心情は、仮設会見場の壁を隔てたすぐそこ、油と新聞紙で散らばったアスファルトに座り呆然としていたサポーターと同じものだったはずだ。
 
 あるクラブ幹部はこの発言の後、「試合後の熱い感情のままに出た発言でしかない」と語り、サポーターとメディアの不安をかき消そうとした。
 
 シメオネは「サッカーにはリベンジなどない」と試合前に語っていたけれど、彼ほどこの試合に勝ちたいと思っていた人はいなかったはずだ。
 
 最高の舞台で、最大の宿敵を倒す――。この2年、彼はそのためにすべてを尽くしてきたからだ。

次ページ近年のアトレティコの躍進は、すべてこの男ありきだった。

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