「このクラブの居心地は最高」
若手逸材のパウリーニョ(左)と前線でコンビを組み、ゴールを量産中のフッキ(右)。 (C)Getty Images
2008年、まったくの無名だった18歳の時に日本に渡り、川崎フロンターレ、コンサドーレ札幌、東京ヴェルディで規格外のパワーと決定力(そして問題児ぶりも)を発揮。その後、ポルトガルの名門ポルトで世界的なブレイクを果たしてセレソンにも招集され、ロシアと中国のクラブを経て21年初めにブラジルの強豪アトレチコ・ミネイロに入団したフッキが、38歳目前となった現在も驚異的なプレーを続けている。
相変わらず筋骨隆々で、風貌は彼のフットボール・ネームの元となった「超人ハルク」(ハルクのポルトガル語読みがフッキ)そのもの。パワフルなドリブル突破と左足からの豪快なシュートは健在だ。さらに円熟期を迎えて視野が広がり、柔らかいテクニックを駆使して絶妙のスルーパスやクロスを供給して決定機を演出するなどプレーの幅を広げ、「第二の全盛期」を謳歌している。
アトレチコMG入団1年目の21年シーズンはブラジル全国リーグで19ゴールを挙げて50年ぶり3度目の優勝の立役者となり、リーグ得点王にしてMVP。以来、サポーターから英雄視されている。
翌22年シーズンも全国リーグで12得点を挙げ、コパ・リベルタドーレスではベスト8進出に大きく貢献。23年シーズンは全国リーグで15得点・11アシストを記録し、チームは3位に食い込んだ。
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相変わらず筋骨隆々で、風貌は彼のフットボール・ネームの元となった「超人ハルク」(ハルクのポルトガル語読みがフッキ)そのもの。パワフルなドリブル突破と左足からの豪快なシュートは健在だ。さらに円熟期を迎えて視野が広がり、柔らかいテクニックを駆使して絶妙のスルーパスやクロスを供給して決定機を演出するなどプレーの幅を広げ、「第二の全盛期」を謳歌している。
アトレチコMG入団1年目の21年シーズンはブラジル全国リーグで19ゴールを挙げて50年ぶり3度目の優勝の立役者となり、リーグ得点王にしてMVP。以来、サポーターから英雄視されている。
翌22年シーズンも全国リーグで12得点を挙げ、コパ・リベルタドーレスではベスト8進出に大きく貢献。23年シーズンは全国リーグで15得点・11アシストを記録し、チームは3位に食い込んだ。
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そして迎えた24年シーズンは、7ゴールを挙げて得点王に輝いた州リーグやその他のカップ戦も含め、本稿執筆の5月初めの時点で公式戦19試合に出場して7得点・6アシストを記録している。
昨年後半から前線でコンビを組んでいるのが若手FWのパウリーニョだ。この相棒との相性が抜群で、互いに使い、使われる関係を築き、対戦相手を恐怖に陥れている。
一方、私生活では19年、12年間連れ添って3人の子供を授かった夫人と離婚。その直後、夫人が娘のように可愛がっていた姪(夫人より20歳年下)と結婚して物議を醸した。
また、チームが重要な試合で敗れると、悔しさの余りチームメイトへの不満をぶちまけることもしばしば。全盛時と比べてもプレー内容が遜色ない(あるいはむしろ向上している)のと同様、奔放な人間性もあまり変わっていないようだ。
それでも、「このクラブの居心地は最高」だそうで、「コパ・リベルタドーレス優勝に導くのが夢」と意気盛んだ。
文●沢田啓明
【著者プロフィール】
1986年にブラジル・サンパウロへ移り住み、以後、ブラジルと南米のフットボールを追い続けている。日本のフットボール専門誌、スポーツ紙、一般紙、ウェブサイトなどに寄稿しており、著書に『マラカナンの悲劇』、『情熱のブラジルサッカー』などがある。1955年、山口県出身。
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昨年後半から前線でコンビを組んでいるのが若手FWのパウリーニョだ。この相棒との相性が抜群で、互いに使い、使われる関係を築き、対戦相手を恐怖に陥れている。
一方、私生活では19年、12年間連れ添って3人の子供を授かった夫人と離婚。その直後、夫人が娘のように可愛がっていた姪(夫人より20歳年下)と結婚して物議を醸した。
また、チームが重要な試合で敗れると、悔しさの余りチームメイトへの不満をぶちまけることもしばしば。全盛時と比べてもプレー内容が遜色ない(あるいはむしろ向上している)のと同様、奔放な人間性もあまり変わっていないようだ。
それでも、「このクラブの居心地は最高」だそうで、「コパ・リベルタドーレス優勝に導くのが夢」と意気盛んだ。
文●沢田啓明
【著者プロフィール】
1986年にブラジル・サンパウロへ移り住み、以後、ブラジルと南米のフットボールを追い続けている。日本のフットボール専門誌、スポーツ紙、一般紙、ウェブサイトなどに寄稿しており、著書に『マラカナンの悲劇』、『情熱のブラジルサッカー』などがある。1955年、山口県出身。
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