偉大なフットボーラーをひとりの人間として見る力【サイモン・クーパーが最後に綴る物語|後編】

2024年03月31日 サイモン・クーパー

長い文章は日に日に読まれなくなっている

クーパーはこれからポッドキャストを通じて、このエムバペなどのスターについて語っていくという。(C)Getty Images

 40歳になる頃にはスポーツを書く時間を大幅に削るようになった。もちろん、ひどい仕事だからというわけではない。それは僕も分かっている。報酬も悪くはない。でも僕はもっと大きなテーマに惹かれていた。

 そんな時、フィナンシャル・タイムズが、スポーツではないオールジャンルのコラムを書かないかと提案してくれた。終身刑で刑務所にいた囚人が理由もなく突如恩赦を受け檻の外に出たような、そんな開放感を僕は味わった。

 それからというもの、フットボールについて書くことは完全なる副業となった。近年に至っては、ワールドサッカーダイジェスト誌のコラムだけがフットボールに関する世界で唯一の連載だった。本の執筆のテーマもフットボール以外のものが多い。パリについて。英国のエリート政治家たちについて。英国とソビエト秘密警察の二重スパイとなった男について。
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 もちろん、フットボールは僕の関心事であり続けている。2年前にはバルサに関する本を書き上げた。このビッグクラブが特別に扉を開き、選手、監督、ドクター、心理学者に至るまで、クラブ内のすべての人間と話す権限を与えてくれたからだ。

 今はこれまでに生で見てきたワールドカップに関する本を準備している。僕は90年大会から現地取材を重ねていて、変わったネタや出会いは豊富にある。日本やロシア、カタールまで、語るべき物語は残っている。

 フットボールジャーナリズムにおける個人的な次の挑戦は、書くものではなく、語るものになるだろう。これまで僕が好んで書いてきた長い文章というのは、日に日に読まれなくなってきている。あるリサーチによると、このデジタル時代において「ディープ・リーディング」、つまり人間が文章に集中して読む行為は少なくなる一方だという。

 多くの人はビデオや写真を通して、そして30文字以内の短いメッセージでコミュニケーションを行なう。新たな時代の中で、僕も言葉を話しはじめようと思っている。この春にはフットボールに関するポッドキャストをローンチ(heroesandhumans.com)する。
 

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