【仙台】東日本大震災発生から5年、被災地で強くした“Build Up”の想い

2016年01月21日 板垣晴朗

「人の心を突き動かせるような試合をしたい」(渡邉監督)

始動日に被災地である宮城県石巻市の大川小学校を訪れた仙台の面々。全員で亡くなられた方々の冥福を祈った。

 仙台は1月20日、2016シーズンを始動させた。同日昼にクラブハウスに集合した選手、スタッフはミーティングを終えると、最初のチーム行事として、東日本大震災で大きな被害を受けた宮城県石巻市への訪問活動を行なった。
 
 2011年3月11日に東日本大震災が発生してから、今年の同日で5年を迎える。「5年という月日は"ひとつの節目"、"区切り"という捉え方をされかねない時期に差し掛かりますが、まだまだ復興は道半ばです」と仙台のコーチ時代にクラブハウスで被災した渡邉晋監督は語る。
 
 その現実を新加入の選手やスタッフにも知ってもらうため、また、チーム全体としてはこの地に存在するプロスポーツクラブの意義を考えるため、昨年に引き続いて始動日に被災地を訪問。今回は宮城県石巻市の大川小学校を訪れることとなった。
 
 津波によって地域全体が大きな被害を受けた場所であり、大川小学校の児童も多くが犠牲になった。チームが同所に着いた時には、偶然にも児童のご遺族の方が慰霊に訪れていて、大きく壊れた校舎など津波の傷跡を目の当たりにするだけでなく、被災した方の証言も聞くことができた。
 
 渡邉監督は、今季のチームスローガンである"Build Up"という言葉の中に多くの意味を込めた。そのうちのひとつが、「復興の"興"の字を書いて、"興す"ということ」だ。
 
「今一度、ベガルタ仙台が復興のシンボルとして光り輝くように、また被災地へ勇気と希望をしっかり届けられるように、人の心を突き動かせるような試合をしたい」(渡邉監督)
 
 この想いを、選手・スタッフも、今回の被災地訪問を通して強くした。
 
 2011年3月28日に、一時避難していた仙台の選手とスタッフが再集合して最初に行なったことが、石巻市への訪問とボランティア活動だった。それからトップチームだけでなく、アカデミーやレディースでも被災地での復興支援活動をしてきた。
 
 ピッチ上でひたむきなプレーを続け、ピッチ外では復興支援活動を行なう。仙台は2016年も、ホームタウンにとっての希望の星となることを目指す。
 
取材・文・写真:板垣晴朗(フリーライター)
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