武藤への正式オファーの本気度は? 「チェルシーの思惑」を現地識者が読む

2015年04月10日 山中忍

評価は「能力」に対するもので「戦力」としてではない。

チェルシーはなぜ、武藤に目をつけ、獲得の正式オファーを出したのか。ブルーズ(チェルシーの愛称)の思惑に迫る。 (C) Getty Images

 昨シーズンは国内リーグのベスト11入り。今シーズンも開幕4試合で3得点。ドリブルによる独力での局面打開が可能で、得点パターンにはミドルやヘディングもある。前線でのハードワークも欠かさない。しかも、選手としては伸び盛りの22歳。とくれば、プレミアリーグのクラブが獲得に興味を示しても当然だ。
 
 だが、それがFC東京の武藤嘉紀へのオファーとなると、英国内での報道には「チェルシーは日系企業と巨額のスポンサー契約を結んだばかり」という"おまけ"が付いてしまう。
 
 実際、アジア戦略と無関係ではないだろう。チェルシーは一昨シーズンあたりから、注力ターゲットを人口の多い中国やメーカー系が隆盛した韓国から、日本へと移行する準備を進めてきた。欧州のビッグクラブとしては後発組の公式サイト日本語化もその一環。武藤の加入は、来シーズンからユニホームの胸に『横浜ゴム』のロゴが入る「親近感」とも相まって、日本市場での強い追い風となるはずだ。
 
 だからといって、英国内の報道が匂わす「スポンサーの意向」という解釈は短絡的だ。タイミングは合ったものの、初めにスポンサーありきの獲得オファーではなかったとも考えられる。
 
 チェルシーがスカウト体制の抜本改革に着手し始めたのは7年前。その2年後には、新たに国際部門スカウト責任者というポジションが設けられ、スカウト網の拡充が図られた。結果、スカウティングのネットワークとシステムは、ジョゼ・モウリーニョ監督が「最先端」と自慢するレベルにある。
 
 オーナーのロマン・アブラモビッチが「スカウト用のiPadアプリに夢中」と言われたのは2年ほど前のことだった。クラブ最大の権力者は、テクニカルディレクターのマイケル・エメナロやモウリーニョらとともに、国内外のスカウト陣が随時更新するデータベースへのアクセス権限も持つ。豪華クルーザーの船上やプライベートジェットの機内からも、リモートアクセスで次なる「購入品」の物色を楽しんでいるのだという。
 
 むろん、オーナーの一声だけで全ての補強が決まるはずはなく、1000人台とも言われるスカウト対象の査定は詳細かつ厳密に行なわれる。
 
 FWに関しては、オフ・ザ・ボールでの動きの良し悪し、ペナルティエリア外での行動パターンなども評価対象項目。全項目で90点以上の評価を得た選手のみを首脳陣が獲得検討の候補と見なすとされるが、空陸両用でスピードもスタミナもある武藤が高評価を得ていても不思議ではない。
 
 数字を見れば、モウリーニョをはじめとする現場サイドが「日本人」に躊躇うことはない。アブラモビッチ以下の経営サイドにすれば「日本人」は好都合だったに違いない。
 
 しかし、その評価は能力に対するもので、戦力としての評価ではない。このシステムで選ばれた補強例には、獲得からわずか2年で売却されたケビン・デ・ブルイネ(ベルギー代表/現ヴォルフスブルク)もいる。そして武藤も「チェルシーの戦力」への道は険しい。
 
 
 
 

次ページ「労働許可証」という加入前のハードルも。

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