ロシアへ旅立つ橋本拳人、海外移籍は「正直何度か諦めかけていた」と明かす。その理由は?

2020年07月19日 サッカーダイジェストWeb編集部

「自分のプレースタイル的にガンガン点を取ったりというものではないので…」

浦和戦を最後にロストフへの移籍する橋本。幼き頃からの夢を実現した。(C) SOCCER DIGEST

 ロシアリーグ1部のロストフFCへの移籍が決まったFC東京の橋本拳人が7月19日、国内ラストマッチとなった浦和戦から一夜明けてオンラインによる会見を行ない、海外移籍への正直な想いを打ち明けた。

「まだあまり実感が湧かない。FC東京でのサッカー人生が終わってしまったが、また新たな戦いが始まるなという気持ち」と心境を語った橋本は、海外移籍に対する想いを強くした背景について次のように明かした。

「昔からプロは行った時から海外でやってみたいという漠然とした思いはあったが、一番最初は親善試合で、フランクフルトへ遠征して試合をした時に、こういうなかでやってみたいというのを強く思った。最近では、日本代表で多くの海外組の選手たちから刺激をたくさんもらって、厳しい環境に身を置かないといけないんだなというのを感じた」

 幼少期から持っていた想いを少しずつ膨らませていった橋本だが、ここ数年は海外への夢を持ちつつも、実際には移籍への困難さも感じていたという。今年27歳を迎える橋本は、「正直何度か諦めかけていた時期もあった。ここ数年海外に行くのは難しいと感じていたし、思ったより時間が掛かった」と本音を明かしつつ、その理由をこう述べている。

「やっぱり海外に行くのは武藤選手や久保建英選手、長友選手みたいに爆発的なパワーというか、爆発的な活躍を見せないといけないのかなと感じていた。自分のプレースタイル的にガンガン点を取ったりというものではないので、ボランチとして海外に行くことの難しさは感じていました」

 移籍が遅れた理由として、ポジション柄の目立ちにくさと、自身のプレースタイルにも要因を求めた橋本は、「それこそ代表に行かないと絶対に(海外には)行けないと感じたし、代表に入ってもなかなかオファーが来るもんじゃないなというのも感じました」とも語っている。それだけに、「本当に今回ロシアからオファーを出してくれたことには感謝しています」との言葉には実感がこもる。

「もっとタフな選手になりたい。とにかく自分のレベルを上げたい」と意気込みを語った橋本。海外組としては遅咲きになるが、チーム内での自身の地位を確立し、日本人にとって因縁の地であるロストフで飛躍を果たせるだろうか。

構成●サッカーダイジェストWeb編集部

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