「無事これ名馬」の筆頭格――メッシとアドゥリスはなぜ“壊れない”のか?【小宮良之の日本サッカー兵法書】

2020年03月24日 小宮良之

35歳で初の大舞台EURO2016に出場

ともにほとんど大きな怪我をしてこなかったメッシとアドゥリス(右)。(C) Getty Images

「無事これ名馬」

 これは本来、競走馬に使われる格言である。速く走れるだけでなく、走り続けることも美徳で、利益も上げられる。怪我なく走り続けるのも、一つの才能というわけだ。

 アスリートにも、この格言は当てはまる。

 当然だが、ケガのない選手は長く現役を続けられる。長く練習し、ピッチに立てると言うことは、それだけ学びを得られるし、成長に還元し、体調を維持することもできる。選手としての価値も上がる。指導者にとって、計算できる選手になるからだ。

 アスレティック・ビルバオのFWアリツ・アドゥリスは、まさに無事これ名馬の筆頭格だろう。ウインタースポーツ、マリンスポーツで体幹を鍛え、バランス感覚に優れる。99年に18歳でプロデビューして以来、20年余り、大きなけがは一つもない。毎シーズン、それぞれ30試合前後を戦ってきた。800試合出場に迫る、歴戦のつわものだ。

 アドゥリスは、20代で一度スペイン代表に選ばれただけだったが、35歳で再び選出され、EURO2016に出場。長く戦ってきたものとして、一つの正当性を示した。そして38歳で迎えた今シーズンは、「現役最後のシーズン」と宣言。開幕戦で、バルサを相手に見せたジャンピングボレーでのゴールは、これからも語り継がれるだろう。
 
 そして、無事これ名馬の至高と言えるのが、32歳になるリオネル・メッシである。言わずと知れた世界のスーパースター。実力も比類がない選手だが、これだけ試合を重ねながら、ほとんど怪我がない。アルゼンチン代表なども含めると、生涯800試合を超えるだろう。

「試合に出ている方が、自分はいいコンディションでプレーができる」

 メッシはそう言って、ほとんど休みを取らない。監督が気を使って、途中交代させようものなら、へそを曲げてしまう。まさに、フットボールを生きている、という感覚の選手なのだ。

 若いころは、筋肉系のケガに悩まされる時期はあったが、肉食から魚食にシフトし、落ち着いたという。肉好きで有名で、何も断食しているはずはないが、プレーするためには食生活も変えられる。"競走馬"は"走る"ために犠牲も払えるということか。

 言うまでもないが、怪我を重ねることによって、逞しさを増す選手もいる。受け止め方ひとつで、様々なケースはあるだろう。しかし、戦いは消耗を余儀なくされ、その中で、ケガをしない、というだけで、一つの武器になるのも間違いない。例えば、バルサのウスマンヌ・デンベレは世界最高レベルの選手だが、ケガが多く、昨今は復帰して離脱を繰り返している。

「ガラスのエース」

 無事これ名馬の対比として、そう囁かれる。

 頑健な体。

それは神がかったボール技術以上に、手放せないものなのかもしれない。
 
文●小宮良之

【著者プロフィール】
こみや・よしゆき/1972年、横浜市生まれ。大学在学中にスペインのサラマンカ大に留学。2001年にバルセロナへ渡りジャーナリストに。選手のみならず、サッカーに全てを注ぐ男の生き様を数多く描写する。『選ばれし者への挑戦状 誇り高きフットボール奇論』、『FUTBOL TEATRO ラ・リーガ劇場』(いずれも東邦出版)など多数の書籍を出版。2018年3月には『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューを果たした。
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