レジェンドの軌跡 THE LEGEND STORY――第43回・B・ムーア(元イングランド代表)

2018年12月06日 サッカーダイジェストWeb編集部

イングランド史上最高と目される優れた守備者

ウェストハムで才能を見出されて成長し、後に主力としてビッグタイトルをもたらしたムーア。クラブにとっての英雄であり、永遠に語り継ぐべきレジェンドである。 (C) Getty Images

  本誌ワールドサッカーダイジェストと大人気サッカーアプリゲーム・ポケサカとのコラボで毎月お送りしている「レジェンドの言魂」では、サッカー史を彩った偉大なるスーパースターが、自身の栄光に満ちたキャリアを回想しながら、現在のサッカー界にも貴重なアドバイスと激励を送っている。
 
 さて今回、サッカーダイジェストWebに登場するのは、イングランド・サッカー史上最高の守備者といわれ、視野の広さと状況判断の良さを備えた司令塔としての面も持ち合わせていたCB、ボビー・ムーアだ。
 
 そのクリーンでフェアなプレー、優れた人格から誰からも尊敬され、サッカーの母国で最初にワールドカップの黄金のトロフィーを天に掲げた偉大なキャプテンの軌跡を、ここで振り返ってみよう。
 
――◇――◇――
 
 ロバート・フレデリック・チェルシー・ムーアが、イングランドのエセックスに生まれたのは1941年4月12日、第2次世界大戦の真っ最中だった。
 
 学校でサッカーをプレーしていた彼は、15歳でウェストハムの下部組織に入団。ここで技を磨いた後、2年後の9月8日、国内リーグのマンチェスター・ユナイテッド戦でトップチーム・デビューを飾った。
 
 身長178センチと、当時でもCBとしては決して大きくなく、足も速くはなかったが、若い頃から抜群の状況判断と必ずボールを奪い取るハードタックルを武器に、ムーアはシーズンごとに出場数を伸ばし、3シーズン目からは完全にレギュラーに定着する。
 
 62年からはチームキャプテンに就任した彼が初めて歓喜を味わったのは、63-64シーズン。ウェンブリーでの決勝で劇的な展開の末にプレストン・ノースエンドを下し、FAカップを制した。クラブ初のメジャータイトルをもたらして英雄となり、リーグ年間最優秀選手賞にも輝くなど、彼は64年にその名を一気に高めた。
 
 個人的には、精巣ガンを克服したということでも忘れられない1年を過ごしたムーアだが、彼とチームの快進撃は続き、翌シーズンには各国カップ戦王者が集うカップウィナーズ・カップを勝ち進み、西ドイツ(当時)の1890ミュンヘンとの決勝を制し、欧州カップまで獲得してみせた。
 
 後で触れるが、自国開催の66年ワールドカップでイングランド代表を牽引して初優勝に導いたことで、ムーアは母国のアイコンとしての地位も確立。そのクリーンなプレーや優れた人格により、国民からの尊敬を集める一方で、家族を誘拐するという脅迫を受けたりもしたが、そのパフォーマンスが落ちることはなかった。
 
 ウェストハムでは16年という長いキャリアを過ごし、74年、33歳で2部リーグのフルアムに移籍。そして再びチームはFAカップで決勝に進む。奇しくも相手はウェストハム。これまで、ムーアに多くの幸運を与えてきたウェンブリーでの一戦は、しかし今回は0-2の敗北に終わった。
 
 76年にはアメリカNASL(北米リーグ)のサンアントニオ・サンダーでプレーした彼は、77年5月14日のブラックバーン戦を最後にイングランドでのキャリアに幕を下ろす。
 
 以降、アメリカのシアトル・サウンダース、デンマークのヘアニング・フレマズ(現ミッティラン)を経て、83年に1シーズン、プレーしたアメリカのカロリーナ・ライトニングが現役最後のクラブとなった。
 
 70年にバロンドール(ゲルト・ミュラーが受賞)で次点に入った偉人に対する評価は、時が経つとともに高まり、ウェストハムは08年、ムーアの背番号6を永久欠番にすることを決定した。

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