【連載】蹴球百景 vol.31「E-1選手権で感じた『ささやかな奇跡』」

2017年12月18日 宇都宮徹壱

スタジアムで異彩を放ったのは…。

日本のほか韓国、中国、北朝鮮が参加して行なわれたE-1選手権。各国の応援は思いのほか賑やかだった。写真:宇都宮徹壱(Tokyo. 2017)

 12月8日に開幕したEAFF E-1(東アジアカップ)。日本代表は男子も女子も、最終戦で非常に残念な結果に終わってしまった。「早く忘れてしまいたい」と思う反面、大会そのものの雰囲気はこれまでにない「楽しさ」が感じられた。というのも、昨今のインバウンド効果もあってか、今大会は対戦相手の応援が実に賑やかに感じられたからだ。なかでも異彩を放っていたのが、北朝鮮の応援。スティックバルーンをバンバン打ち鳴らし、北朝鮮国旗を振りかざしながら、歌謡曲のような応援歌を唱和している。応援の練度は高く、朝鮮学校の学生もかなり含まれていると思われる。
 
 これほどまとまった北朝鮮の応援を見るのは、05年のワールドカップ予選以来だ。その数の多さに驚いた日本人も少なくなかっただろう。もちろん彼らは北朝鮮から来日したのではなく、日本に暮らしている在日朝鮮人だ。ふと、在日の友人のこんな言葉を思い出す。「名前を名乗らなければ、僕らが在日であることに気づく人はそんなにいないと思いますよ。特に若者の場合、ファッションも聴いている音楽もライフスタイルも日本人とほとんど変わらない。言葉だって、日本語でしゃべるほうが楽ですから(笑)」。改めて、フットボールは民族を可視化させる装置であることを実感する。
 
 味スタで北朝鮮の試合を見ていると(相手が日本であれ、韓国であれ、中国であれ)、時おり不思議な感覚に陥ることがあった。それは味スタのピッチ上で繰り広げられているゲームが、国際情勢の緊張感から隔絶されていることに起因する。大会期間中、北朝鮮からの木造船の漂着、北朝鮮とアメリカによる核戦争のシナリオ、そして拉致被害者の家族が相次いで亡くなったことなど、メディアは盛んに報じていた。これから何が起こってもおかしくない、不穏な時代の緊張感。そんな中で、かの国も参加する国際大会が日本で行なわれている。当たり前のことのようで、時おりささやかな奇跡を見ているような気分になる。
 
 女子の試合はほとんどチェックできていないが、男子の北朝鮮代表は4チームの中で最もコンディションが良いように感じられた。中国は11月上旬にスーパーリーグが閉幕し、選手は長いバカンスをとっていたので試合勘が戻っていない。逆に日本と韓国は国内リーグが終わったばかりで、激闘の疲れを残す選手が少なくなかった。そんな中、北朝鮮は代表チームで厳しいトレーニングを積み、週末に各クラブにリリースするという独特のシステムでチーム強化を図ってきた。コンディションが万全なのは当然である。しかし興味深いことに、彼らは日本と韓国にいずれも0-1で敗れ、最終戦の中国戦でようやく1-1のドローに持ち込むことができた。
 
 私たちは今、核戦争の瀬戸際の時代に生きているのかもしれないが、目前の試合に一喜一憂できるだけの余裕は、まだある。加えて、ネガティブな情報ばかりが報じられる国の代表チームに対して、(少なくともピッチ上では)一切のヘイトもないフェアな試合が行なわれていた。こういう時代だからこそ、サッカーファンであり続けて良かったと心から思う。しかし大会が終わった今、私たちは再び世界の現実と向き合わなければならない。確かに、半年後のワールドカップでの日本代表も心配だ。だがそれ以上に、果たして世界は無事にフットボールの祭典を迎えることができるのか、むしろそちらのほうが心配だったりする。

宇都宮徹壱/うつのみや・てついち 1966年、東京都生まれ。97年より国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。近著に『フットボール百景』(東邦出版)。自称、マスコット評論家。公式ウェブマガジン『宇都宮徹壱ウェブマガジン』。http://www.targma.jp/tetsumaga/
 
みんなにシェアする
Twitterで更新情報配信中

関連記事