【連載】蹴球百景 vol.14「好敵手の退場」

2017年04月01日 宇都宮徹壱

今年最初の代表ウィークでは様々な事件が。

UAEを率いていたマフディ・アリ監督。日本は何度も苦汁を飲まされたが、最終予選のラスト3戦を前に辞任した。(Al Ain. 2017)

 今年最初の代表ウィークが終了し、我らが日本代表はUEA(アウェー)に2−0、タイ(ホーム)に4−0で勝利。勝点6と得失点+6を積み重ね、サウジアラビアを抜いて僅差ながらグループB首位に浮上した。ワールドカップ・アジア最終予選も、残すところ3試合だ。「我々はいいポジションにつけている」とヴァイッド・ハリルホジッチ監督が語るように、とりあえずは最悪の状況からは脱することができた。まだまだ予断を許さないが、結果については素直に喜びたい。
 
 さて、わが身に余裕が生まれると、急に他所様のことが気になり出すのは人間の性というもの。お隣のグループAでは、韓国が中国に0−1で敗れるという波乱があった。幸い、3位のウズベキスタンもシリアに敗れたため(0−1)、韓国は引き続き2位の座はキープしたが、首位イラン(ホーム)、そしてウズベキスタン(アウェー)との直接対決を残しているだけに、厳しい状況であることに変わりはない。
 
 一方、2022年の開催国であるカタールは、イランとウズベキスタンに連敗して勝点4のまま。残り3試合で1ポイントでも落とせば「初出場が自国開催」という不名誉を味わうことになる。
 
 日本が戦うグループBでの「事件」といえば、UAEのマフディ・アリ監督が辞任したことだろう。赤い帽子に赤いジャージという体育教師のようないでたち。そしてキリリとした眉の下にはくりくりした愛嬌のある眼差し。2年前のアジアカップ準々決勝、そして昨年のアジア最終予選の初戦で苦汁を飲まされた「敵将」だが、どこか憎めないキャラクターでもあった。そして実績も申し分ない。いわゆる「黄金世代」を育て上げて、ロンドン五輪に初出場。アジアカップでは、ノーマークの存在ながら日本とイラクを破ってUAEを3位に導いた。
 
 今年51歳のアリ前監督にとり、27年前の祖国のワールドカップ出場は、歓喜と挫折が入り交じるものとなった。現役時代はドバイのアル・アハリ一筋でプレーし、18歳でA代表デビューも果たしている。しかし25歳で迎えた世界への夢は、本大会直前の怪我によって無残にも絶たれてしまった。コロンビア、西ドイツ、ユーゴスラビアという強豪ひしめくグループに組み込まれたUAEは、3戦3敗の得失点差−9という惨憺たる戦績でイタリアの地を去っている。しかしそれでもUAEの人々にとって、唯一のワールドカップ出場は「美しい記憶」として脳裏に深く刻まれている。
 
「我々には1990年大会以来の予選突破のチャンスがあり、それゆえにモチベーションもある。明日はベストゲームにしたい」──先日の日本戦の前日会見で、アリ前監督はこのように述べていた。国民的な期待感に加え、自身も監督として「失われた夢」を取り戻したいという強い想いがあったことは容易に想像できる。日本、オーストラリアとの連戦にいずれも敗れ、自ら責任をとる形で退場することとなったアリ前監督。いろいろ悔しい想いもさせられた好敵手は、新しいタイプの中東の指導者として注目すべき存在でもあった。今後の捲土重来を期待したい。
 
宇都宮徹壱/うつのみや・てついち 1966年、東京都生まれ。97年より国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。近著に『フットボール百景』(東邦出版)。自称、マスコット評論家。公式ウェブマガジン『宇都宮徹壱ウェブマガジン』。http://www.targma.jp/tetsumaga/
 
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