問題は一つではない
白星から遠ざかるパレス。チームの勢いは完全に失われている。(C)Getty Images
昨季にクラブ史に残るFAカップ制覇を成し遂げ、勢いそのままに欧州カップ戦の舞台へと進んだクリスタル・パレス。しかし、その輝かしい成功の裏で、クラブは静かに、そして確実に不安定さが増している。今季の序盤戦は一時3位につけるなど好調だったが、昨年12月中旬から深刻な混乱を抱えており、「ゴタゴタ」という言葉がこれほど似合う状況もない。
問題は一つではない。
主力選手の退団、補強の失敗、過密日程に耐えきれないスカッド。そして決定的だったのが、オリバー・グラスナー監督とクラブ首脳陣との対立だ。
今の混乱を語るうえで、起点となるのは昨シーズン前までさかのぼる。攻撃の中心選手だったマイケル・オリーセがバイエルン・ミュンヘンへ移籍。最終ラインの柱だった、ヨアキム・アンデルセンもフルアムに籍を移した。
育成と売却を繰り返す中堅クラブにとって、主力の放出は珍しいことではないが、今になって思えば、昨季の時点で今抱えている問題の芽は生まれていたように思える。
オリーセ退団後、攻撃の創造性はエベレチ・エゼに大きく依存する形となった。だが、そのエゼも今シーズンの夏にアーセナルへと引き抜かれた。FAカップ優勝の立役者であり、象徴的存在だったエゼの退団は、ファンにとっても大きな衝撃だった。
しかし、代役として補強したスペイン代表MFジェレミ・ピノが予想以上の大当たりとなり、エゼ退団の余波は結果的に小さくなった。ピノは少ないボールタッチでチームの攻撃を躍動させ、鎌田大地と共に、シーズン前半戦の快進撃を支える存在となった。
問題は一つではない。
主力選手の退団、補強の失敗、過密日程に耐えきれないスカッド。そして決定的だったのが、オリバー・グラスナー監督とクラブ首脳陣との対立だ。
今の混乱を語るうえで、起点となるのは昨シーズン前までさかのぼる。攻撃の中心選手だったマイケル・オリーセがバイエルン・ミュンヘンへ移籍。最終ラインの柱だった、ヨアキム・アンデルセンもフルアムに籍を移した。
育成と売却を繰り返す中堅クラブにとって、主力の放出は珍しいことではないが、今になって思えば、昨季の時点で今抱えている問題の芽は生まれていたように思える。
オリーセ退団後、攻撃の創造性はエベレチ・エゼに大きく依存する形となった。だが、そのエゼも今シーズンの夏にアーセナルへと引き抜かれた。FAカップ優勝の立役者であり、象徴的存在だったエゼの退団は、ファンにとっても大きな衝撃だった。
しかし、代役として補強したスペイン代表MFジェレミ・ピノが予想以上の大当たりとなり、エゼ退団の余波は結果的に小さくなった。ピノは少ないボールタッチでチームの攻撃を躍動させ、鎌田大地と共に、シーズン前半戦の快進撃を支える存在となった。
ところが、パレスは12月を境に失速する。
欧州カンファレンスリーグ参戦に伴う過密日程で、疲労が蓄積していたところに、年末から始まったハードスケジュールが致命傷となった。もともと選手層の薄いパレスにとって、国内リーグとカップ戦、欧州大会を並行して戦うことは、想像以上の負担だった。
実際、昨年11月30日のマンチェスター・ユナイテッド戦後、グラスナー監督はチームの失速を予期するかのように次のように話していた。
「正直に言って、選手たちは疲労困憊だ。私は選手をプロテクトしたい。夏に十分な補強ができなかったし、12月中旬からアフリカ選手権で選手を失うからだ」
監督の予想通り、負傷者は次々と増えていった。鎌田も12月14日のマンチェスター・シティ戦で太もも裏を痛め、約2か月の離脱を余儀なくされた。
実質的に計算できる選手は12~13人程度まで減り、ベンチにはユースアカデミーの10代選手が並ぶ状況となる。戦術の柔軟性は失われ、シティ戦以降、国内リーグ戦は2分け5敗の未勝利。勢いは明らかに失われ、黒星を重ねる展開となった。
そんなパレスの混乱を象徴する出来事が、冬の移籍市場で起きた。キャプテンであり守備の要でもあるマーク・ゲイがシティに移籍したのだ。
問題視されたのは、そのタイミングとプロセスだ。グラスナー監督は後に「発表前日まで何も知らされていなかった」「この状況でキャプテンを失うのは正気の沙汰ではない」と公の場で強い不満を表明する。これは単なる感情的な発言ではなく、クラブの意思決定プロセスそのものに対する痛烈な批判だった。
首脳陣は財政面を理由に説明したとされるが、現場側にとっては、戦力を維持するという最低限の前提すら崩されたように映った。
欧州カンファレンスリーグ参戦に伴う過密日程で、疲労が蓄積していたところに、年末から始まったハードスケジュールが致命傷となった。もともと選手層の薄いパレスにとって、国内リーグとカップ戦、欧州大会を並行して戦うことは、想像以上の負担だった。
実際、昨年11月30日のマンチェスター・ユナイテッド戦後、グラスナー監督はチームの失速を予期するかのように次のように話していた。
「正直に言って、選手たちは疲労困憊だ。私は選手をプロテクトしたい。夏に十分な補強ができなかったし、12月中旬からアフリカ選手権で選手を失うからだ」
監督の予想通り、負傷者は次々と増えていった。鎌田も12月14日のマンチェスター・シティ戦で太もも裏を痛め、約2か月の離脱を余儀なくされた。
実質的に計算できる選手は12~13人程度まで減り、ベンチにはユースアカデミーの10代選手が並ぶ状況となる。戦術の柔軟性は失われ、シティ戦以降、国内リーグ戦は2分け5敗の未勝利。勢いは明らかに失われ、黒星を重ねる展開となった。
そんなパレスの混乱を象徴する出来事が、冬の移籍市場で起きた。キャプテンであり守備の要でもあるマーク・ゲイがシティに移籍したのだ。
問題視されたのは、そのタイミングとプロセスだ。グラスナー監督は後に「発表前日まで何も知らされていなかった」「この状況でキャプテンを失うのは正気の沙汰ではない」と公の場で強い不満を表明する。これは単なる感情的な発言ではなく、クラブの意思決定プロセスそのものに対する痛烈な批判だった。
首脳陣は財政面を理由に説明したとされるが、現場側にとっては、戦力を維持するという最低限の前提すら崩されたように映った。