森保監督は本当に謙虚な人だ。ブラジル戦の歴史的初勝利にも“バトンをつないできた先人たち”への感謝を忘れなかった【コラム】

2025年10月16日 石川聡

1989年の初対戦から14戦目でついに「1勝」

君が代を歌いながら涙を浮かべる森保監督。いまや日本代表戦でお馴染みの光景だ。写真:梅月智史(サッカーダイジェスト写真部)

 日本代表の森保一監督は本当に謙虚な人だ。

 ブラジルに2点をリードされながら3-2の大逆転勝利に導いた10月14日の試合後でも、決して高ぶることなく、言葉を選びながら、いつものように落ち着いて試合を振り返った。そして「ここからおそらく、どの対戦国も我々へのマークを厳しくしてくる。今日の自信とこれからの警戒心を持って、前進していかなければならない」と気を引き締めた。

 試合に勝っても負けても、指揮官が記者会見で常に口にするのは周囲を思いやる配慮と感謝だ。選手の頑張りを称えるのはもちろん、ブラジル戦後は「(ハーフタイムに)明確な(各選手の)役割を伝えてくれた」とコーチ陣の貢献を忘れず、サポーターには「スタジアムを青色に染めてくれた皆さんが、良い応援の雰囲気を作ってくれたおかげで、選手たちが最後まで戦い抜くことができた」と感謝を示した。日本サッカー協会のサポートについて礼を述べ、メディアへのリスペクトも欠かさない。

 そしてこの日、感謝は「勝つためにチャレンジしてくれた先人、先輩方がいたからこそ、自分たちの今日の結果につながった」と、これまで日本代表の歴史を紡いできた人びとにも及んだ。今回の勝利までブラジルには2分け11敗と一度も勝てず、本当に多くの名手たちが悔しさを味わってきた。

 初めての対戦は1989年7月の南米遠征。コパ・アメリカに優勝して1週間後のブラジルが、基本的にはアマチュアの日本をよく相手にしてくれたと思う。横山謙三監督率いる日本は井原正巳、水沼貴史、長谷川健太(現・名古屋グランパス監督)らが中心。その4年後に始まったJリーグでプレーすることになるビスマルクに得点を奪われ、0-1で敗れた。
 
 さらに6年後、英国で開催されたアンブロカップで、日本はロベルト・カルロスに先制点を許すなど、0-3の黒星を喫した。加茂周監督は80分に森保をピッチに送り出す。森保監督はその試合の印象を「どうあがいてもこの力関係はひっくり返せないというくらいの負け方だった」と語った。そのわずか2か月後にはブラジル代表が初来日。旧国立競技場で三浦知良、ラモス瑠偉らを擁する日本は、1-5と叩きのめされた。

 ドイツで2005年に行なわれたコンフェデレーションズカップでは、ブラジルのレジェンドであるジーコ監督が指揮を取る日本が、中村俊輔の得点などで2-2の引き分けに持ち込む大健闘を見せた。だが、翌年にドイツで開かれたワールドカップでは玉田圭司が強烈に先制するも1-4の完敗。グループステージ突破の夢が消えて、中田英寿は試合後、ピッチ中央でしばらく仰向けになったまま動かなかった。このドイツでの戦いから、日本はブラジルに対して6連敗中だった。その間、ネイマールには5試合で9ゴールを献上。ブラジル代表の最多得点記録(79点)を保持する彼にとって、日本はまさに上得意の"お客様"だった。

 こうした苦難の歴史の積み重ねの末に、日本は今回の大金星を掴んだ。「過去の経験をポジティブ変換し、成果と課題を考えて積み上げ、バトンをつないでいくのは日本人の持っている素晴らしいところ」と森保監督。チームはもちろん、周囲もこの結果に浮かれることなく、新たな歴史を切り開いてもらいたい。

文●石川 聡
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