大岩J優勝の要因、五輪を逃した韓国の問題点...“日韓の違い”を韓国の熟練記者が指摘「日本の最大の功労者は...」

2024年05月11日 ホン・ジェミン

「先発メンバーを大きく変えながらも一定のパフォーマンスを維持」

アジア制覇を果たした大岩ジャパン。写真:金子拓弥(サッカーダイジェスト写真部/現地特派)

 1993年の「ドーハの悲劇」は繰り返されなかった。U-23日本代表は、U-23アジアカップでパリ五輪出場権獲得はもちろん、本大会2回目の優勝にも成功した。

 ウズベキスタンの黄金世代を迎えて苦戦が予想されたが、試合が始まる前から幸運の女神が日本の方に笑顔を見せた。ウズベクの攻守で主軸だった3人が所属チームへ復帰することにより決勝戦に出場できなかった。

 大岩剛監督は前半戦で得たインサイトを後半戦に活かして交代カードを投入し、これが終了直前の決勝ゴールにつながった。後半のアディショナルタイム、小久保(玲央ブライアン)がPKを見事にセーブし、日本が通算2度目の優勝を決めた。大会を通じて最高のパフォーマンスを見せていたウズベクはオリンピック出場権獲得だけに満足しなければならなかった。

 U-23アジア杯で、日本は予想通り23人の平均点が最も高いチームだった。そのおかげで大岩監督は毎試合ターンオーバーを行いながらチーム全体のコンディショニングを最高の状態に保つことができた。主力と非主力の差が最も少なかったチームらしく、日本は試合ごとに先発メンバーを大きく変えながらも一定のパフォーマンスを維持した。
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 トーナメントに入ると、ある程度スタメンが固定化されたが、後半に交代で入った選手も先発陣に劣らないパフォーマンスを見せ、90分間を通して、いい状態で試合を作ることができた。これは個人の技量だけでなく戦術的な実行能力のレベルを示すところでもある。ウズベキスタンと共に、日本は自分たちが追求するスタイルを最も確実に実装する能力を持ったチームだった。

 日本優勝の最大の功労者は藤田(譲瑠チマ)と小久保を挙げたい。藤田は中盤の底でチーム全体のプレーを調整した。いつでもどこでも周囲の状況を完璧に把握した状態でボールを扱った。相手MFは藤田がキープレーヤーであることを認識しながらも徹底的にマークできなかった理由もそのような状況把握の習慣と正確なパス能力を兼ね備えていたからだった。

 相手がプレッシャーをかけようとしても、藤田はすでにプレーを終えたのでマーカーの努力が無駄になる場面が多かった。ただ、フィジカル的にまだヨーロッパの5大リーグで競争するには足りないように見える。日本のA代表として成長するためには、もっとレベルの高くて厳しいリーグで経験を積むといいのではないだろうか。
 

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