「ボランチもサイドバックも平然とこなしていた」小泉慶が鹿島時代に衝撃を受けたチームメイトとは?

2023年05月05日 白鳥和洋(サッカーダイジェスト)

新潟時代は本能でプレーしていたが…

これまでのキャリアを振り返りつつ、自身のプレースタイルについても語ってくれた小泉。写真:金子拓弥(サッカーダイジェスト写真部)

 今季からFC東京でプレーしている小泉慶は実に気が利くMFだ。優れたポジショニング、危機察知力に加え、足元のテクニックもあり、こういう選手がいるとチームは助かるだろうとの感覚を与えてくれる。今のプレースタイルに至ったターニングポイントはどこだったのか? そう訊くと、小泉は「新潟時代は本能でプレーしていました」と答え始めた。

「プロ1、2年目(新潟時代)は深く考えず、自由にプレーさせてもらって。先輩たちに支えてもらっていました」

 新潟から柏へ。そして、鹿島、鳥栖を経て、FC東京に辿り着くのだが、その過程で「本能だけではダメだ」と悟った。

「レイソルでは大谷(秀和)選手から、アントラーズではボールをガンガン奪いに行くレオ・シルバ選手などから、いろんなものを吸収しなくちゃいけないと思いましたね。ちなみに今では、アグレッシブな(松木)玖生から学べるものもあるし、(安部)柊斗のライン間でパスを受ける上手さも見習いたい。結局、ボランチがもっとボールを受けてどれだけターンできるとか、そういうプレーを増やさないといけません」
 
 そんな小泉が感銘を受けた選手のひとりが、鹿島時代のチームメイトだった永木亮太(現・湘南)だ。

「当時、僕はボランチとサイドバックの両方をやる難しさを感じていました。ボランチで先発して、途中からサイドバックになるのは大丈夫なんですけど、その逆が難しくて。ボランチとサイドバックでは視野が違い過ぎて、対応しにくかったんです。でも、永木選手はボランチもサイドバックも平然とこなしていた。試合途中にポジションチェンジしても難しいことをやらずに、器用にプレーしていたんです。それを見て、僕も永木選手のように成長しないとダメだと思いました。どのポジションを任されても、チームのために役立つ。如何に臨機応変にプレーできるかが大事かを、永木選手に教えてもらいました」

 さらに、鳥栖では「戦術面でたくさん学べた」。「鹿島と違って、ここまでビルドアップにこだわるんだと。川井健太監督らスタッフの下で、サッカーを楽しめたし、ボランチとしてのプレーの幅を広げてもらいました」

 そうやって成長してきた小泉も、この4月で28歳になった。

「もう中堅という立ち位置ですから、今度は自分が手本にならないといけません。FC東京には若くて活きのいい選手がたくさんいます。彼らが思う存分プレーできるように、サポートしていきたい」

取材・文●白鳥和洋(サッカーダイジェストTV編集長)

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