ジョゼ・モウリーニョがトッテナムでの監督生活が先は長くないと自覚し始めていた時だ。ハリー・ケインをオフィスに呼び出した。移籍市場の動向を見極めることにかけて右に出る者がいない指揮官は、在位期間中、最も忠誠を尽くしたエースに対し、移籍の勧めを説いた。
「君はトッテナムのために最大限のパフォーマンスを見せてきた。でも君のような選手が毎シーズン、チャンピオンズ・リーグでプレーできないなんてことが許されていいわけがない。それはコンペティションにとっても同じことだ」
ケインはデビュー以来、ローン移籍を除いてトッテナム一筋で活躍を見せてきた。しかしモウリーニョはケインがトッテナムの顔にはとどまらないポテンシャルの持ち主であると考えている。それは長い指導者キャリアにおいて直接関わってきた選手たちの中で、ブラジル代表のロナウド(バルセロナのアシスタントコーチを務めた1996-97シーズンに指導した)次ぐ実力者(つまりクリスチアーノ・ロナウド、ズラタン・イブラヒモビッチ、サミュエル・エトー、ポール・ポグバ、ディディエ・ドログバ、エデン・アザール、カリム・ベンゼマより上だ)と位置付けているほどだ。
【PHOTO】海外番記者・識者が選んだ「イングランド代表のレジェンド完全格付けTOP10」を厳選ショットで振り返り!
レビー会長は1億7000万ユーロという値札を付けた
しかし時にその慎重な性格が大成を妨げる要因になっていると感じていた。だからこそ今夏もまたトッテナムに留まれば、心理面で停滞感を招き、その豊かなポテンシャルに見合ったスケールの活躍を見せられないままキャリアを終えるリスクを指摘した。毎年、タイトルを争うチームに身を置く重要性を訴え、自尊心を刺激した。
この指揮官のストレートなメッセージにケインは心を動かされた。すぐさま代理人を通してダニエル・レビー会長に対し移籍を志願。相応のオファーが届けば、容認するというという確約を得た。ケインは現在27歳。コロナ禍で移籍市場は冷え切ったままだが、EURO2020という絶好の見本市がある今夏を逃せば、市場価格は徐々に下降線を描いていくという点でクラブ、選手の両サイドの見解は一致した。レビー会長は具体的に1億7000万ユーロ(約213億円)という値札を付けた。
トッテナムが流出を覚悟しているのは、監督就任の条件としてエースの残留を保証したアントニオ・コンテとの交渉が物別れに終わったことでも明らかだ。現時点ではチェルシーとマンチェスター・シティが争奪戦をリードしているが、実際に話がまとまるかは、EUROでどこまで活躍できるかも大きなポイントとなってくる。