J1時代とは全く違う「最悪の環境」
元日本代表FWの城彰二氏が、自身のYouTubeチャンネル『JOチャンネル』で、横浜FC時代の振る舞いを悔やんだ。
2002年シーズン終了後にヴィッセル神戸から戦力外通告を受けた城氏は先日、ジェフユナイテッド市原時代のチームメイトでもあったピエール・リトバルスキー監督から「本気でやるんだったら、うちで受け入れる」と声を掛けられ、当時J2の横浜FCに加入したことを明かしていた。
ただ、その時の横浜FCには自前の練習場もなく、フットサルコートや公園でトレーニングをするような状況だった。3分間100円のシャワーを浴びるなど、J1時代とは全く違う、「最悪の環境だった」という。
「復活してやる」という気持ちで加入したが、1998年のワールドカップにも出場し、スペインでもプレーした城氏は、プライドを捨てきれなかったようだ。「どこかで驕りがあった。こんなところでやる選手ではないと思っていた」と赤裸々に語っている。
【動画】アトランタ五輪での中田英寿と西野朗監督の衝突について語る城彰二
2002年シーズン終了後にヴィッセル神戸から戦力外通告を受けた城氏は先日、ジェフユナイテッド市原時代のチームメイトでもあったピエール・リトバルスキー監督から「本気でやるんだったら、うちで受け入れる」と声を掛けられ、当時J2の横浜FCに加入したことを明かしていた。
ただ、その時の横浜FCには自前の練習場もなく、フットサルコートや公園でトレーニングをするような状況だった。3分間100円のシャワーを浴びるなど、J1時代とは全く違う、「最悪の環境だった」という。
「復活してやる」という気持ちで加入したが、1998年のワールドカップにも出場し、スペインでもプレーした城氏は、プライドを捨てきれなかったようだ。「どこかで驕りがあった。こんなところでやる選手ではないと思っていた」と赤裸々に語っている。
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ホペイロ(用具係)もいないため、ゴールや水などを運ぶのも選手が行なわなければならなかったが、加入1年目は「1回もやらなかった。俺がやるのは違うでしょと思っていた」という。
「最悪だよね、いま考えると。プライドがあり、俺はそんな次元じゃないと思ってしまった」
城氏は当時の態度を、「拾ってもらったのに…。あの1年目にもう1回戻れるなら戻りたい。もっとチームに尽くすべきだった」と後悔。「チームが負けても、自分が点を取れればいいと思っていた。そんな選手誰も獲らないよね」と反省しきりだった。
ただ、徐々にそういった意識を変えていったストライカーは、現役最後のシーズンとなった加入4年目の2006年、12ゴールを挙げる活躍で、クラブを初のJ1昇格に導いている。
構成●サッカーダイジェストWeb編集部
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「最悪だよね、いま考えると。プライドがあり、俺はそんな次元じゃないと思ってしまった」
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ただ、徐々にそういった意識を変えていったストライカーは、現役最後のシーズンとなった加入4年目の2006年、12ゴールを挙げる活躍で、クラブを初のJ1昇格に導いている。
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