【連載】蹴球百景 vol.29「欧州遠征で出会ったちょっと無愛想なスタジアム」

2017年11月28日 宇都宮徹壱

取材者がまず面食らったのが……。

先日の日本対ベルギーが行なわれたヤン・ブレイデルスタディオン。外観や基本設計はオープンした1974年からほとんど変わっていない。写真:宇都宮徹壱(Brugge. 2017)

 日本代表の欧州遠征取材から戻ってきた。11月10日のブラジル戦、そして14日のベルギー戦については、すでに様々なメディアで報じられているとおりだ。ここではベルギー戦が行なわれた、ヤン・ブレイデルスタディオンについて語る。というのも、このスタジアムは近年訪れた海外のスタジアムで、久々に出会った(というか再会した)「ちょっと無愛想なスタジアム」であったからだ。「スタジアムに愛想や無愛想があるのか?」と訝る人もいるだろうから、以下、解説することにしたい。
 
 試合開始前、われわれ取材者がまず面食らったのが、記者席の狭さである。もともとJFAの広報からは「机付きの椅子の数が限られています」とのアナウンスがあったのだが、記者席そのものが実に窮屈。長机に長椅子というスタイルで番号が振ってあるのだが、机と椅子の間のスペースが30センチもない。試合前の国歌で起立しようにも、中腰になるのが精いっぱい。真ん中の席に座った人は、試合が終わるまでトイレを我慢しなければならないという、かなり過酷な状況だったのである。
 
 ブラジル戦が行なわれたリールのスタッド・ピエール=モーロワは、昨年のユーロ2016に合わせて新築されたもので、なにもかもが新しく快適であった。ヤン・ブレイデルスタディオンもユーロの会場であったのだが、こちらは2000年の話。しかもスタンドの座席数を増築しただけで、外観や基本設計はオープンした1974年からほとんど変わっていない。国際大会の開催でのリノベーションが当たり前になるのは、21世紀になってからの話であり、スタジアム基準がより厳格化されるのは06年のワールドカップ・ドイツ大会以降のこと。2000年までは、多少の古さや不便さを残していてもOKだった。
 
 とはいえ、ヤン・ブレイデルスタディオンが施設として問題があるのかと言えば、少なくとも観戦者にとっては決して悪くはないと思う。屋根は4面に架かっているので雨に濡れる心配はないし、球技専用なのでどの席からでもピッチは見やすい。また、スタンドそのものがコンパクトなので(2万9472人収容)、それほど迷わずに自分の席を探し当てることができる。サッカー観戦をする上で、必要最低限の快適さは確保されているし、何より歴史をダイレクトに感じさせるのがいい。「ヤン・クーレマンスも、このピッチで輝きを見せていたんだろうな」などと往時を偲ぶこともできる。
 
 ラーメン屋でもスタンドバーでも理髪店でもいいのだが、店主は頑固で無愛想なのに、なぜか根強い人気を誇る店をイメージするといい。ヤン・ブレイデルスタディオンは、そういうタイプの施設なのだ。最新鋭のピカピカで至れり尽くせりのスタジアムも悪くないが、多少の不便さや古さはあったとしても、ヨーロッパの伝統と格式を感じさせるスタジアムも捨て難い。ちょっと無愛想なスタジアムに、久しぶりに出会うことができたという意味でも、今回の欧州遠征は実に思い出深いものとなった。
 
宇都宮徹壱/うつのみや・てついち 1966年、東京都生まれ。97年より国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。近著に『フットボール百景』(東邦出版)。自称、マスコット評論家。公式ウェブマガジン『宇都宮徹壱ウェブマガジン』。http://www.targma.jp/tetsumaga/
 
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