【連載】蹴球百景 vol.16「私は逃げない」

2017年05月02日 宇都宮徹壱

あるイベントで「チェアマン像」が良い意味で覆されることに。

4月24日にはJリーグと楽天が「Jリーグオフィシャル EC プラットフォームパートナー」契約を結んだことが発表され、村井チェアマンは楽天の三木谷代表取締役会長兼社長と記念撮影した。写真:宇都宮徹壱(Tokyo 2017)

 ゴールデンウィーク2日目の4月30日。J3の沼津と鹿児島の取材のために会場の愛鷹(あしたか)に足を運ぶと、Jリーグの村井満チェアマンが視察に訪れていた。沼津は今季JFLから昇格したばかりの54番目のJクラブだ。チェアマンは2014年より、すべてのJクラブのホームゲーム視察とクラブ関係者との対話を続けており、今回の訪問もその一環である。ちょうど沼津の社長と立ち話しているところを通りがかったので軽く挨拶すると、チェアマンは「今週はよくお会いしますね」というような表情で会釈を返してくれた。
 
 確かにその週は、よくこの人にお会いした。月曜日は、JリーグオフィシャルECプラットフォームパートナーの記者発表会。木曜日は、Jリーグ理事会後の会見(大阪ダービーでの「SS旗」事件の対応についてJリーグとしての見解について語っていた)。そして日曜日の沼津での再会となったわけだが、実はチェアマンは金曜日にも意外な場所に出没して、Jリーグファンを驚かせている。東京・阿佐ヶ谷のイベントスペースで定期的に開催される『燃えろ!J2党』だ。
 
『燃えろ!J2党』というのは、文字通りJ2のサポーターがクラブの垣根を越えて集うマニアックな地下イベントである。愛媛の非公認マスコットの一平くん、あるいは「JFLの革命戦士」ロック総統など、その方面での有名人が乱入することでも話題で、最近では100人ものファンを集めるイベントになっている。そこに村井チェアマンが登場したものだから、これまで我々が漠然と抱いていた「チェアマン像」は、いい意味で覆されることとなった。
 
 村井チェアマンのアンチは今でも少なくない。それでも、川淵三郎氏以降の歴代チェアマンの中で、在任中にこれほど実績を残した人がいただろうか。明治安田生命がJ1・J2・J3のタイトルパートナーとなったのも、DAZNとの10年契約で2100億円の放映権料を獲得することになったのも、村井チェアマンの手腕に負うところが大きかったのは紛れもない事実だ。また、選手育成を精査するための『Foot PASS』導入や、クラブ経営者の育成を目指したSHC(スポーツヒューマンキャピタル)の設立など、矢継ぎ早に改革を推し進めたことについても、もっと評価されて良いように思う。
 
 そんな村井チェアマンだが、これまでさまざまな困難に直面してきた事実については留意すべきであろう。就任直後の一連の「人種差別問題」から始まり、最近でも、前述の「SS旗」問題に加えて「徳島ボールボーイ事件」もあった。Jリーグの経営面での安定化や競技レベルの向上、さらには人材育成にも気を配る一方で、こうした諸問題に対しても誠実な対応が求められるのだから、なんという大変なポジションなのだろうと思う。それでも村井チェアマンは、どんな困難に直面しても、一歩たりとも退くことはない。この人のモットーは「私は逃げない」。ちなみに、県立浦和高校時代のポジションはGKであった。

宇都宮徹壱/うつのみや・てついち 1966年、東京都生まれ。97年より国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。近著に『フットボール百景』(東邦出版)。自称、マスコット評論家。公式ウェブマガジン『宇都宮徹壱ウェブマガジン』。http://www.targma.jp/tetsumaga/
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