中澤や俊輔が大ボス「勇蔵君はその下のボスという感じ」
2025シーズン限りで現役を引退した伊藤翔にロングインタビューを実施。19年のキャリアを振り返ってもらった。全11回のシリーズで、第8回は、年齢が近く、頼りになった先輩たちとの思い出だ。
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カズ(三浦知良)のような年の離れた先達たちから得た刺激も大きかったが、年齢の近い先輩との出会いも伊藤のキャリアを支える原動力となったのは間違いない。
その1人が2014~18年に横浜F・マリノスで共闘した栗原勇蔵だ。
「勇蔵君は、初めて横浜という土地に赴いた自分にいろんなことを教えてくれた人。それまでは名古屋や清水に住んだことはあったけど、横浜や神奈川県のことをよく知らなかった。それで『どこい住んだらいいですか?』と相談するところから始まり、1から10まで聞くようになりました。
結果として、自分は勇蔵君と同じマンションに住むことになった(笑)。朝も自分の車に彼を載せて運転して練習場に通うようになりました。清水時代は小野伸二さんの運転手でしたけど、マリノスでは勇蔵君の運転手として頑張っていました(笑)。
僕にとっては、中澤佑二さんや中村俊輔さんが大ボスで、勇蔵君はその下のボスという感じでした」と伊藤は笑顔を浮かべる。
栗原は、伊藤が鹿島アントラーズに移籍した2019年に引退。最初は横浜FMのクラブシップ・キャプテンとしてアンバサダー的な仕事を担っていたが、現在は強化担当として選手との個人面談を行なうまでになっている。
「勇蔵君はもともと選手を見る目がすごくあって、『あの選手はすごく良い』とよく僕にも話してくれました。その1人が京都サンガF.C.にいた時の中村充孝。実際、僕は鹿島で彼と一緒にプレーしましたけど、本当にテクニックに秀でた良い選手だったし、すごく伸びたと思う。そういう選手発掘の才能を持ち合わせていましたし、責任感があってマリノス愛も強いので、今の強化担当の仕事に向いていると思います」と、伊藤は栗原のセカンドキャリアを頼もしく見つめているという。
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カズ(三浦知良)のような年の離れた先達たちから得た刺激も大きかったが、年齢の近い先輩との出会いも伊藤のキャリアを支える原動力となったのは間違いない。
その1人が2014~18年に横浜F・マリノスで共闘した栗原勇蔵だ。
「勇蔵君は、初めて横浜という土地に赴いた自分にいろんなことを教えてくれた人。それまでは名古屋や清水に住んだことはあったけど、横浜や神奈川県のことをよく知らなかった。それで『どこい住んだらいいですか?』と相談するところから始まり、1から10まで聞くようになりました。
結果として、自分は勇蔵君と同じマンションに住むことになった(笑)。朝も自分の車に彼を載せて運転して練習場に通うようになりました。清水時代は小野伸二さんの運転手でしたけど、マリノスでは勇蔵君の運転手として頑張っていました(笑)。
僕にとっては、中澤佑二さんや中村俊輔さんが大ボスで、勇蔵君はその下のボスという感じでした」と伊藤は笑顔を浮かべる。
栗原は、伊藤が鹿島アントラーズに移籍した2019年に引退。最初は横浜FMのクラブシップ・キャプテンとしてアンバサダー的な仕事を担っていたが、現在は強化担当として選手との個人面談を行なうまでになっている。
「勇蔵君はもともと選手を見る目がすごくあって、『あの選手はすごく良い』とよく僕にも話してくれました。その1人が京都サンガF.C.にいた時の中村充孝。実際、僕は鹿島で彼と一緒にプレーしましたけど、本当にテクニックに秀でた良い選手だったし、すごく伸びたと思う。そういう選手発掘の才能を持ち合わせていましたし、責任感があってマリノス愛も強いので、今の強化担当の仕事に向いていると思います」と、伊藤は栗原のセカンドキャリアを頼もしく見つめているという。
その栗原と横浜FMのジュニアユースで同期だった藤本淳吾もお世話になった先輩だ。清水と横浜FMで一緒にプレーすることになり、縁も深かった。
引退を報告した際には「いや、まだやれるでしょ」「まだまだ早いよ」という反応だったといい、藤本がどれだけ伊藤の能力を高く買っていたかがよく分かるだろう。
「淳吾さんは年下の自分の目線まで下りてきて、話を聞いてくれる人でしたね。清水の時はもちろん、マリノス時代はよりそうでした。名古屋グランパスや日本代表でも実績を積み上げたトップクラスの選手になっていて、親身になって接してくれた。もちろんダメなことはダメとも言われましたけど、人間性の素晴らしさを常日頃から感じていました。
もう1つ感じたのは、勇蔵君たち同世代同士のリスペクトし合う良い関係性ですね。もともと2人はマリノスの下部組織の同期。勇蔵君はそのままトップに上がりましたけど、淳吾さんは桐光学園から筑波大学を経てプロになった。お互いルートは違いますけど、それを尊重し合って、一緒に力を合わせてマリノスを強くしようとしていた。その関係性は理想的だなと感じていました」と伊藤は嬉しそうに言う。
藤本は横浜FMの後、ガンバ大阪、京都を経て、SC相模原で2022年に引退した。当時38歳で、37歳で引退した伊藤よりも年長で、「まだできるっしょ」という言葉を伊藤に投げかけたのかもしれない。
「近年は淳吾さんに会うたびに『どうするの』『まだまだ絶対に続けた方がいいよ』と言われていましたけど、『お前には完全燃焼してほしい』という思いがあって、そういう問いかけをしてくれたのかなという気がします。自分はやり切ったと思えたので、本当に良かった。引退報告した時の淳吾さんの反応を受けて『まだ俺、できるのかもしれないな』とは一瞬思いましたけど、『やめます』と伝えましたから」と彼は笑いながら感謝をにじませた。
引退を報告した際には「いや、まだやれるでしょ」「まだまだ早いよ」という反応だったといい、藤本がどれだけ伊藤の能力を高く買っていたかがよく分かるだろう。
「淳吾さんは年下の自分の目線まで下りてきて、話を聞いてくれる人でしたね。清水の時はもちろん、マリノス時代はよりそうでした。名古屋グランパスや日本代表でも実績を積み上げたトップクラスの選手になっていて、親身になって接してくれた。もちろんダメなことはダメとも言われましたけど、人間性の素晴らしさを常日頃から感じていました。
もう1つ感じたのは、勇蔵君たち同世代同士のリスペクトし合う良い関係性ですね。もともと2人はマリノスの下部組織の同期。勇蔵君はそのままトップに上がりましたけど、淳吾さんは桐光学園から筑波大学を経てプロになった。お互いルートは違いますけど、それを尊重し合って、一緒に力を合わせてマリノスを強くしようとしていた。その関係性は理想的だなと感じていました」と伊藤は嬉しそうに言う。
藤本は横浜FMの後、ガンバ大阪、京都を経て、SC相模原で2022年に引退した。当時38歳で、37歳で引退した伊藤よりも年長で、「まだできるっしょ」という言葉を伊藤に投げかけたのかもしれない。
「近年は淳吾さんに会うたびに『どうするの』『まだまだ絶対に続けた方がいいよ』と言われていましたけど、『お前には完全燃焼してほしい』という思いがあって、そういう問いかけをしてくれたのかなという気がします。自分はやり切ったと思えたので、本当に良かった。引退報告した時の淳吾さんの反応を受けて『まだ俺、できるのかもしれないな』とは一瞬思いましたけど、『やめます』と伝えましたから」と彼は笑いながら感謝をにじませた。




















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