ヴィニシウスへの人種差別疑惑にマドリーのレジェンドが私見 同胞選手の行為を擁護したベンフィカは「良識あるクラブとして歴史に名を刻む絶好の機会を逃した」【現地発】
カテゴリ:連載・コラム
2026年02月24日
一丸となって彼のユニホームの背後に身を潜めた
今、我々は人種差別という病理が、スタンドからピッチへと降りてきた——そんな一週間の渦中にいる。レアル・マドリーのヴィニシウス・ジュニオールが、ピッチ上で浴びせられたとされる言葉が波紋を広げているのだ。
「選手とは、ピッチでプレーするファンの一人に過ぎない」とはよく言われるが、両者が属する領分は似て非なるものだ。スタンドは、理性をかなぐり捨てるにはこれ以上ない場所である。そこでは過剰な熱狂が伝染し、罵倒が公然と許され、匿名性という盾が悪用される。
しかしピッチは違う。こちらでは無数のカメラが「表現者としてのあなた」を射抜き、対峙する相手は敬意を払うべき同業者だ。そこに伴うのは、衆人環視に身を置く者にふさわしい、固有の社会的責任である。
問題の本質は、ユニホームの陰に隠された「人種差別的な侮辱」の嫌疑——事実であることに疑いはないが、立証する術もない——が、フットボールをそのあらゆる矛盾に直面させたことにある。ベンフィカという集団は、ただ暴言の主とされるジャンルカ・プレスティアンニが「身内」であるという一点において、一丸となって彼のユニホームの背後に身を潜めた。
現場の指揮官からクラブの頂点に立つ会長に至るまで、彼らは、自らのアイデンティティと利益を守るために、知性を捨てて「部族の一員」として思考することを選んだのである。
「選手とは、ピッチでプレーするファンの一人に過ぎない」とはよく言われるが、両者が属する領分は似て非なるものだ。スタンドは、理性をかなぐり捨てるにはこれ以上ない場所である。そこでは過剰な熱狂が伝染し、罵倒が公然と許され、匿名性という盾が悪用される。
しかしピッチは違う。こちらでは無数のカメラが「表現者としてのあなた」を射抜き、対峙する相手は敬意を払うべき同業者だ。そこに伴うのは、衆人環視に身を置く者にふさわしい、固有の社会的責任である。
問題の本質は、ユニホームの陰に隠された「人種差別的な侮辱」の嫌疑——事実であることに疑いはないが、立証する術もない——が、フットボールをそのあらゆる矛盾に直面させたことにある。ベンフィカという集団は、ただ暴言の主とされるジャンルカ・プレスティアンニが「身内」であるという一点において、一丸となって彼のユニホームの背後に身を潜めた。
現場の指揮官からクラブの頂点に立つ会長に至るまで、彼らは、自らのアイデンティティと利益を守るために、知性を捨てて「部族の一員」として思考することを選んだのである。
私自身、この一件に直接の利害関係があるわけではない。だが、純粋な「アルゼンチン人としての業」ゆえに、このテーマを論じることに言いようのない重圧を感じている自分に気づく。プレスティアンニは、ナショナリズムという最悪の共犯関係において結ばれた、いわば「私の身内」なのだ。それは、フットボールが結局のところ「小さな祖国」の域を出ないことを示す、不健全な感情のスイッチである。
もしこれがフットボール固有の病理ではなく、人間という存在そのものが露呈した事件だとしたらどうだろうか。 心理学者のギュスターヴ・ル・ボンは、名著『群衆心理』の中で、非常事態において人々がいかに「文明の階段を数段降りてしまうか」を説いた。
対照的に、近年、歴史家のルトガー・ブレグマンは『希望の歴史』において、人間の寛大で連帯的な精神を揺るぎない証拠と共に示し、ル・ボンに異を唱えた。
......果たして、両者ともに正しいということはあり得るだろうか。
私は好んでこう言う。「映画館へ行く人間は、スタジアムへ行く人間よりも知的だ。たとえそれが、全く同一の人物であったとしても」と。 ル・ボンの正しさを証明したければ、スタジアムへ足を運び、愛するチームのために容易に暴走する感情へと身を投げ出す、数千の群衆に混じってみればいい。
一方でブレグマンに同調したければ、スタジアムの外で彼らの一人に付き添い、理性が情熱の奔流を鎮めている日常の振る舞いを見守れば十分だ。我々人間という存在は、この相反する二つの素材から成っているのである。
もしこれがフットボール固有の病理ではなく、人間という存在そのものが露呈した事件だとしたらどうだろうか。 心理学者のギュスターヴ・ル・ボンは、名著『群衆心理』の中で、非常事態において人々がいかに「文明の階段を数段降りてしまうか」を説いた。
対照的に、近年、歴史家のルトガー・ブレグマンは『希望の歴史』において、人間の寛大で連帯的な精神を揺るぎない証拠と共に示し、ル・ボンに異を唱えた。
......果たして、両者ともに正しいということはあり得るだろうか。
私は好んでこう言う。「映画館へ行く人間は、スタジアムへ行く人間よりも知的だ。たとえそれが、全く同一の人物であったとしても」と。 ル・ボンの正しさを証明したければ、スタジアムへ足を運び、愛するチームのために容易に暴走する感情へと身を投げ出す、数千の群衆に混じってみればいい。
一方でブレグマンに同調したければ、スタジアムの外で彼らの一人に付き添い、理性が情熱の奔流を鎮めている日常の振る舞いを見守れば十分だ。我々人間という存在は、この相反する二つの素材から成っているのである。





















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