成功の有無を決する不規則かつ不条理な何か
先日、知り合いから、子どもについての進路相談があった。来年に大学受験を控え、将来を模索しているのだという。スポーツマスコミにも興味があるようだ。
何が必要なのか?
どうあるべきで、どうやったら、うまくいくのか。それを、業界の人間に聞くのは悪いことではない。むしろ、正しい手順だろう。ただ、自分のケースが彼に当てはまるはずはないし……。何を語るべきか悩ましい。
何が必要なのか?
どうあるべきで、どうやったら、うまくいくのか。それを、業界の人間に聞くのは悪いことではない。むしろ、正しい手順だろう。ただ、自分のケースが彼に当てはまるはずはないし……。何を語るべきか悩ましい。
元も子もない話かもしれないが、どんな仕事でも機会を掴むには、「幾らかの運が必要」だろう。それはタイミングのようなものなので、不規則かつ不条理なものである。
様々に、「成功本」のようなものはたくさん出ている。ただ、どうやったら成功するのか、という方法論に落とし込もうとすると、失敗するだろう。メソッドが第一になって、目的が霞んでしまうのだ。
選手の成功失敗も、どこにターニングポイントがあるのか分からない。
「信念を持ち、自分を貫け」
そう主張する人がいる。それは、一部は正しいが、監督やチームメイトがいるスポーツでは、柔軟性や調和も必要になる。かといって、「誰とでも仲良く」という精神では、自分がない、個性がない、として、誰にも頼りにされず、戦力にはなれない。物事には、常に正解と不正解が潜んでいる。
「フェアプレー」
日本では、これを特に重んじているフシある。運動競技として、清く正しく――。それは、理想としては素晴らしい。絶対的な「善」である。
ところが、フェアであることは、必ずしも成功に結び付かない。
2006年ドイツ・ワールドカップ決勝のイタリア対フランス。フランスのジネディーヌ・ジダンは現役最後の大会を雄々しく戦い、頂点に立つに相応しい輝きを見せていた。
ところが延長戦、イタリアのDFマルコ・マテラッツィの挑発に耐え切れず、頭突きを喰らわして退場を宣告されてしまった。フランスはPK戦の末に敗れ、ジダンはこのようなかたちでスパイクを脱ぐことになった。
様々に、「成功本」のようなものはたくさん出ている。ただ、どうやったら成功するのか、という方法論に落とし込もうとすると、失敗するだろう。メソッドが第一になって、目的が霞んでしまうのだ。
選手の成功失敗も、どこにターニングポイントがあるのか分からない。
「信念を持ち、自分を貫け」
そう主張する人がいる。それは、一部は正しいが、監督やチームメイトがいるスポーツでは、柔軟性や調和も必要になる。かといって、「誰とでも仲良く」という精神では、自分がない、個性がない、として、誰にも頼りにされず、戦力にはなれない。物事には、常に正解と不正解が潜んでいる。
「フェアプレー」
日本では、これを特に重んじているフシある。運動競技として、清く正しく――。それは、理想としては素晴らしい。絶対的な「善」である。
ところが、フェアであることは、必ずしも成功に結び付かない。
2006年ドイツ・ワールドカップ決勝のイタリア対フランス。フランスのジネディーヌ・ジダンは現役最後の大会を雄々しく戦い、頂点に立つに相応しい輝きを見せていた。
ところが延長戦、イタリアのDFマルコ・マテラッツィの挑発に耐え切れず、頭突きを喰らわして退場を宣告されてしまった。フランスはPK戦の末に敗れ、ジダンはこのようなかたちでスパイクを脱ぐことになった。