サントスでのトップチームデビューはネイマールのお別れ試合。
7月30日(現地時間)、日本五輪代表を2-0で下したブラジル五輪代表。33分、中央突破から日本の複数の選手を置き去りにしてシュートを放ち、先制点を生み出した(植田直通に当たって軌道が変わる)のがガブリエウ・バルボサ・アウメイダだった。
“ガブリエウ”と“ゴール”を合わせた「ガビゴール」を愛称とする19歳のFWは、オーバーエイジ枠で出場するネイマールとともに、間もなく開幕するリオデジャネイロ・オリンピックにおいて、ブラジル初の金メダル獲得の切り札として期待されている。
また、その才能は欧州のビッグクラブの注目の的であり、バルセロナ、ユベントス、アーセナル、パリ・サンジェルマンが獲得に乗り出しているとのニュースも流れている。
間もなく、サッカーシーンの主役となる可能性もあるガビゴールとは、どんな選手なのか――。欧州を代表する著述家、サイモン・クーパーが紹介する。
――◇――◇――
1996年8月30日生まれの19歳。このレフティーは、実際のところブラジル人らしくない。追い求めているのは“遊び”ではなく“効率”だ。
ボールは持ち過ぎず、常にゴールを狙っている。しかも、勢いに任せて蹴り込んだりせずに、コースを突いてシュートを決める。その姿に、フランス代表のかつての名FW、ティエリ・アンリを重ね合わせる。
ガビゴールはブラジルA代表での初ゴールを、今年5月30日に決めた。コパ・アメリカ・センテナリオ開幕直前の強化試合で、相手はパナマ。セレソン・デビュー戦であり、途中出場から9分後のことだった。そして本大会では、グループステージ2戦目のハイチ戦でゴールを決めている。
ガビゴールがその双肩に大きな期待を担っているのは、ブラジル・サッカー界が最悪の時を過ごしているからだ。ワールドカップでの惨敗に続き、コパ・アメリカでもグループステージ敗退という醜態を晒した。
ブラジルが威信を懸けて挑むリオ五輪で重要な役割を担うガビゴール。彼が生まれ育ったのは、サン・ベルナルド・ド・カンポというサンパウロ郊外の街で、サッカーを始めたのもそこだ。
「僕は貧しい地域の出身。でもフットボールを初めてから、家族の暮らし向きは段々と良くなっていった」
ガビゴールは、ちょっと変わったタトゥーを腕に入れている。それは子どもの頃の自分を、父親が肩車している絵柄だ。実際に彼は、父の肩車で毎日、練習場に通っていた。貧しい一家は、練習場までのバス代を工面できなかったからである。
サントスの下部組織に入ったのは8歳の時。それに伴い、一家はサン・ベルナルド・カンポから、この港町に引っ越した。
「サントスは僕にとって全て。第二の故郷と言っていいぐらいさ。愛するクラブのためにプレーする幸運に、僕は恵まれている。家族もこのクラブが好きなんだ。クラブに関わる全ての人が、それを知っているよ」
サントスのトップチームにデビューしたのは、16歳の2013年。そのフラメンゴ戦は、バルセロナへと旅立つネイマールのお別れ試合でもあった。
これは、クラブ側の賢いやり方だった。ガビゴールこそが「新しいネイマール」。そんなイメージを、こうして植え付けたのである。
そのポテンシャルを疑う者は、誰ひとりいなかった。なにしろ彼には、ネイマールの軽快なフットワークと、アシストを狙うセンスと、決定力があった。それに、複数のポジションをこなす器用さも。ウイング、トップ下、セカンドトップのどこでも、プレーが可能だ。
“ガブリエウ”と“ゴール”を合わせた「ガビゴール」を愛称とする19歳のFWは、オーバーエイジ枠で出場するネイマールとともに、間もなく開幕するリオデジャネイロ・オリンピックにおいて、ブラジル初の金メダル獲得の切り札として期待されている。
また、その才能は欧州のビッグクラブの注目の的であり、バルセロナ、ユベントス、アーセナル、パリ・サンジェルマンが獲得に乗り出しているとのニュースも流れている。
間もなく、サッカーシーンの主役となる可能性もあるガビゴールとは、どんな選手なのか――。欧州を代表する著述家、サイモン・クーパーが紹介する。
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1996年8月30日生まれの19歳。このレフティーは、実際のところブラジル人らしくない。追い求めているのは“遊び”ではなく“効率”だ。
ボールは持ち過ぎず、常にゴールを狙っている。しかも、勢いに任せて蹴り込んだりせずに、コースを突いてシュートを決める。その姿に、フランス代表のかつての名FW、ティエリ・アンリを重ね合わせる。
ガビゴールはブラジルA代表での初ゴールを、今年5月30日に決めた。コパ・アメリカ・センテナリオ開幕直前の強化試合で、相手はパナマ。セレソン・デビュー戦であり、途中出場から9分後のことだった。そして本大会では、グループステージ2戦目のハイチ戦でゴールを決めている。
ガビゴールがその双肩に大きな期待を担っているのは、ブラジル・サッカー界が最悪の時を過ごしているからだ。ワールドカップでの惨敗に続き、コパ・アメリカでもグループステージ敗退という醜態を晒した。
ブラジルが威信を懸けて挑むリオ五輪で重要な役割を担うガビゴール。彼が生まれ育ったのは、サン・ベルナルド・ド・カンポというサンパウロ郊外の街で、サッカーを始めたのもそこだ。
「僕は貧しい地域の出身。でもフットボールを初めてから、家族の暮らし向きは段々と良くなっていった」
ガビゴールは、ちょっと変わったタトゥーを腕に入れている。それは子どもの頃の自分を、父親が肩車している絵柄だ。実際に彼は、父の肩車で毎日、練習場に通っていた。貧しい一家は、練習場までのバス代を工面できなかったからである。
サントスの下部組織に入ったのは8歳の時。それに伴い、一家はサン・ベルナルド・カンポから、この港町に引っ越した。
「サントスは僕にとって全て。第二の故郷と言っていいぐらいさ。愛するクラブのためにプレーする幸運に、僕は恵まれている。家族もこのクラブが好きなんだ。クラブに関わる全ての人が、それを知っているよ」
サントスのトップチームにデビューしたのは、16歳の2013年。そのフラメンゴ戦は、バルセロナへと旅立つネイマールのお別れ試合でもあった。
これは、クラブ側の賢いやり方だった。ガビゴールこそが「新しいネイマール」。そんなイメージを、こうして植え付けたのである。
そのポテンシャルを疑う者は、誰ひとりいなかった。なにしろ彼には、ネイマールの軽快なフットワークと、アシストを狙うセンスと、決定力があった。それに、複数のポジションをこなす器用さも。ウイング、トップ下、セカンドトップのどこでも、プレーが可能だ。